第20話 怪物女王、セグンの来訪

 ヒュージラットの大群をティエスが一掃した翌日、プリメラは一人で事件のあった森を訪れていた。

 一方で、ジェネラスとティエスはというと、剣の鍛練を兼ねてユニオンで依頼を受け街から出て西へと向かい、街道から外れて北の森へと向かっていた。


 ヒュージラットの事件があった森とは離れているが、繋がってはいる。


「まて。この辺りだ(多分、きっと)」


 本日の目的は森に出没するコボルドの討伐だ。


 話が出来ないほどに凶暴化した個体の討伐依頼を受け、ティエスと二人で森に入ったジェネラスは、微かに漂ってきた血の匂いで動きを止めて木の影に姿を隠した。


 そんな二人の耳にグチャグチャと、何か柔らかいものを噛んだ時のような音が耳に入ってきたので、ジェネラスが様子を確かめるためにそっと木陰から顔を出した。


 それに続いてティエスも様子を覗くと、少し開けた場所で何やら黒焦げになっている人っぽい何かを食している毛色が赤黒い成人男性より二回りは大きいコボルドがいた。


「特徴が一致してますね。流石ですお父様。よくお分かりになりましたね(これがプリメラ姉様が言っていたお父様の未来視。もはや千里眼では?)」


「なに、偶然だよ(生息域的にはティエスの魔法で吹き飛んだ森よりは西にいるだろうと思って勘で来てみたけど、いるんだもんなあ)」


 小声で話す二人に気が付いたか、赤黒い毛並みの大柄なコボルドが不意に顔をあげて辺りを見渡す。


 鼻をひくつかせ、不審な匂いを感じたか、手に持った肉片を捨て、立ち上がったコボルドは見えていないはずのジェネラスたちのほうを睨んだ。


「俺が先行する。斬り込めるタイミングで斬り込んでみなさい」


「お邪魔に、なりませんか?」


 腰の鞘から剣を抜き、木陰から姿を晒すジェネラスの後方で、フード付きの外套を脱ぎながら、ティエスも腰から剣を抜くと固唾を飲んだ。


「数的有利な戦闘だ。問題はない」


「分かりましたお父様(プリメラ姉様の話が本当なら、お父様は未来を見る。お父様が問題無しと仰るなら本当に問題はないのでしょうね)」


 初めて相対する凶悪が顔に出ている大柄のコボルドを前に、深く息を吸って吐き、ティエスは心を落ち着かせようとする。


 そんなティエスの前で首元の留め金を外すと、ジェネラスは腰を落として駆け出した。


 宙に舞う外套。

 その外套に一瞬気を取られたコボルドはジェネラスの接近を許してしまった。

 

 コボルドが持つ武器は粗雑な棍棒だが、魔力で強化されたそれは岩をも砕く。


 とはいえ、それは当たればの話だ。

 

 接近したジェネラスに、コボルドは棍棒を振り下ろすが、ジェネラスはその棍棒を握っている手、手というよりは指に剣の刃を当てた。

 防御しようと剣を構えたところに運良く、コボルドにとっては運悪く剣が当たったわけだ。


「グォオオォオオ!」


(あっぶなあ! 踏み込みすぎたけど、なんとかなったな。まあ結果良ければヨシ!)


 冷や汗を浮かべ、ジェネラスはコボルドの腹部に少し跳んで前蹴りを喰らわせる。

 突然の激痛に体をくの字に曲げるコボルド、そんなコボルドの後ろから、回り込んだティエスが斬りかかった。


 二対一、ジェネラスとティエスによるコボルド退治が始まった頃。

 

 ジェネラスたちの位置する森より遥か北の湿原地帯に南下しつつある帝国軍一団の姿があった。

 

 ジェネラスを帝国に引き込むためだけに帝国からカルディナへ向けて出立した数十人規模の部隊である。

 

「あの。なんで陛下は一人の傭兵を引き入れるためだけに軍を動かしたんでしょう」


 帝国軍に入隊してまだ日が浅い、新兵に毛が生えた程度の経験しかない若い兵士が疲れた顔で上官に聞いた。


 聞かれた上官は、荷物を背負って歩きながらため息を吐く。


「なんでもその傭兵ってのが厄介らしい。各国に育て上げた凄腕の傭兵たちを放って帝国への反旗を翻すための準備をしてるんだとか。噂では、だがな」


「はっはっは。流石に無理でしょう。我ら帝国に反逆なんて」


「だとは思うが。だが分からんぞ? そのジェネラスだかいう傭兵はこの先の国境付近に現れる怪物女王とも関係があるって話だ」


「怪物女王ってアレですか? 魔物たちを率いて現れて我々の進軍を邪魔するカルディナの尖兵とかいう」


「聞いた話じゃ。怪物女王に一部隊全滅させられたらしい。だが、実はその怪物女王はカルディナ軍ではないらしくてな。あくまでジェネラスという男の駒なんだそうだ。ジェネラスという傭兵を抱き込めば、そんな戦力たちも確保できる。陛下はそう考えてらっしゃるのかも知れんな」


「は、ははは。噂話でしょ? 一人の人間が軍隊を持ってるみたいな話じゃあないですか。大体、怪物女王の話もおかしな事ばっかりです。そもそも魔物を率いるってのが嘘臭くないですか?」


 若い兵士が冷や汗を浮かべながら、上官のやや後方から言い放つ。

 しかし、その上官の男は若い兵士に答えを返さなかった。

 湿原を抜け、丘を越えればしばらく続く森の道。

 その手前に一人の女性が腕を組んで立っているのが見えたのだ。

 

「総員抜剣! 法撃隊詠唱始め!」


 突然響く部隊長からの号令に、剣を構えた若い兵士が見た女は、なんというか、いびつだった。


 赤い髪から狼のような耳を生やした、半袖と長袖のアシンメトリーな上着を着て、スカートショートパンツを着用し、片足ずつ長さが違うブーツを履いた女。


 その女がこちらに手を翳した。


 すると森の影から狼型の魔物や熊型の魔物、スライムやゴブリンに至るまでが数十頭ほど現れる。


 ニヤッと口角を上げ、嗜虐的な笑みを浮かべたあと、赤毛の狼耳の女が口を開く。


「親父のとこに行きたいらしいがお前たちはここまでだ。通りたきゃ俺たちを殺してみろ。まあ、無理だろうけどなあ!」

 

 女の一声で、森から現れた魔物たちが一斉に帝国軍に襲いかかる。


 そこから先は、地獄絵図だった。

 

 全滅した帝国軍の兵士たちの肉片で出来上がった絨毯の上。

 もいだ敵の頭を配下の狼に投げて食わせた女は退屈そうに欠伸をした。


「はあ〜つまんね。雑魚ばっかりなんだもんなあ。献上金も貯まったし。たまには親父んところ行くかなあ」


 そう言って女は南に位置する街エレフセリアの方向を眺めて笑顔を浮かべるのだった。

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