第21話 怪物女王、セグンの来訪②

 ジェネラスとティエスがコボルドを討伐してから数日ほど経った頃。

 その日は雨が降り、特に良さげな依頼が無かった事も相まって、ジェネラスはティエスやプリメラと自宅で寛いでいた。


 少し冷えるので暖炉に火の魔石を放り込んで薪を発火させて暖をとり、天井に埋め込まれた発光系魔石の光で照らされた部屋でジェネラスは新聞を読み、ティエスはプリメラの手解きで義手で魔法を使う鍛練を行っている。


 雨の降る音と薪が燃やされてパチパチ音を鳴らし、耳心地良くなってジェネラスがうとうとし始めたそんな時だった。


 玄関の扉が突然開き「親父ぃ! ただいまあ!」と元気な女性の声が響いてきた。


 その声に驚き、ティエスが暴発してさせてしまった火の魔法をプリメラが魔力で包んで消滅させる。


「こっちか! 親父ぃ! 金持ってきたぜえ!」


 声に驚いたのはティエスだけではなかった。

 ちょっと昼寝でもしようかと思って新聞を置こうとしたジェネラスも、その声で目を覚まして開かれたリビングの扉の方を見た。


 現れたのは赤い長い髪を後頭部で一つに結った狼耳を生やしたチグハグな服装の女性だった。

 綺麗な顔立ちに野生味があり、並んだギザギザの歯はなんでも噛み裂けそうだ。


「セグンか⁉︎  久しぶりだなあ。よくここが分かったな」


「ダチの鳥に聞いたんだよ。親父がこの街に住んでるってな」


「相変わらず便利な力だな。魔物を使役出来るというのは」


「使役なんかしてねえよ。あいつらが勝手についてくるだけ。コレ、溜まった金な」


 そう言うと、獣人セグンはジェネラスの元に移動し、たんまりと金が入った袋をジェネラスの座っているソファの前のローテーブルの上に置いた。


「随分と儲けてるじゃないか」


「俺、基本的に森で暮らしてるからなあ。金あんまり使わねえんだよ。ところで、なんでプリメラの姉貴がここに? 知らねえ顔もいるけど新顔か?」


 ジェネラスの対面のソファにドカッと腰を下ろし、セグンは足を組みながら暖炉の前で呆気に取られていた二人を肩越しに振り返る。


「ティエスよ。お父様が見初めた最後の一人」


「ティ、ティエスです。初めまして」


「プリメラの姉貴の次だったから、俺は三番目、セグンだ。よろしくな末妹」


 ギザ歯を見せてニカっと笑うセグンにペコっと頭を下げるティエス。

 すると、プリメラがソファの方に向かったので、ティエスもプリメラに続いてソファの方に向かう。


「ちょっとセグン! あなた水浸しじゃないの⁉︎ 雨避けの魔法使ってこなかったの?」


「別にいいじゃん。俺にとっちゃ水浴びみたいなもんなんだし」


「良くないわよ! ソファが傷むじゃないの! それに貴女獣臭いわよ? ちゃんとお風呂入ってるの?」


 プリメラの言葉通り、セグンからは犬が濡れたあとのような臭いが漂っていた。

 それを感じたティエスも鼻こそつままなかったが、苦笑いを浮かべている。


「風呂なんて別にいらねえよ。水浴びだけで十分だろ」


「駄目よ⁉︎ 貴女ももう立派な成人女性なのよ? 今いくつ? もう二十は越えてるでしょ⁉︎ すみませんお父様。すぐにセグンをお風呂にいれます。ティエスは洗濯とソファの掃除お願い」


「え、あ。はい、わかりました」


「おい! 待てよ姉貴! 勝手に決めるなよ!」


「問答無用です。さあ行くわよ!」


 そう言って、プリメラは指を鳴らして魔法を発動、魔力で生成された鎖でセグンを縛り上げた。

 しかし、風呂嫌いなセグンはその鎖から逃れようと力を入れる。

 すると、鎖にヒビが入ったので、プリメラは鎖を追加。

 それでもセグンが駄々をこねて暴れるので、仕方なくジェネラスはセグンに向かって手をかざして「風呂に行ってきなさい」と言って隷属の指輪の効果を発動した。


「親父ぃ! それは無しだぜ!」


「ありがとうございますお父様。ほら! 行くわよ! 全くアンタは昔から本当に」


「ヤダ! 風呂嫌い!」


 などと騒いでいるが、隷属の指輪の効果で抵抗は出来ず、セグンはすんなりプリメラに風呂場へと連行されていった。


「あの方も、お父様が育てられたんですか?」


 まだ廊下で方からギャイギャイ騒ぐ声に冷や汗を浮かべ、ソファに洗浄魔法を使いながらティエスが聞く。

 そんなティエスにジェネラスは苦笑すると昔を思い出しながら端的にセグンの事を話し始めた。


「あの子はティエスと同じで戦災孤児でな。以前滞在していた街で腹を空かせて突っかかってきたのが出会いだった。丁度セロやプリメラを育て終わった頃だったんでな。まあ、それで拾って育て始めたわけなんだが、なかなか面白い力を持っていてな」


「面白い力、ですか?」


「うむ。並の獣人族よりも動物と意思疎通が出来たんだ。それだけにとどまらず、魔物とも話すことが出来た」


「魔物と、ですか⁉︎」


「嘘だと思うだろう? しかしコレが本当でな。スライムを統率して並べて見せてくれた時は驚いたもんさ」


 言いながら、ジェネラスは目を閉じた。

 出会った頃のまだ幼さが残っていたセグンと、久方ぶりに再会した先程のセグンを思い比べていたのだ。

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