第12話 新しい腕

 基礎手術が終了して数日。

 雨が激しく降ったこの日、義肢を繋ぐために機械化した肩の拒否反応もなかっことから、ティエスの新しい腕を繋ぐ接続手術が行われることになった。

 

「それが新しい義肢か」


「そうだよ。ティエスの体に合わせて手を加えたんだ。元の義肢が男性の体向けで筋骨隆々って感じだったからね。流石にデザインは変えないとって思って」


「素体になった義肢でも良かったんじゃないの?」


「姉さんマジで言ってる? 僕は絶対にヤダね。女の子には女の子らしいスマートでしなやかな物を、だよ?」


 そう言いながら、この手術の責任者であるクアルタは水晶のベッドに座っているティエスの前で、台車に乗せていた新しい義肢を持ち上げた。


 以前ジェネラスたちに見せた時は、鍛え上げられた男性の腕を思わせるデザインだったが、クアルタが両手で大事に持ち上げた腕は華奢な女性の腕をそのまま鎧にしたようなデザインだった。


 人形にも見られる球体関節を肘や指に採用し、長袖の服に手袋などを着用すれば傍目には義肢だとは気が付かないだろう。


「随分とか細くなったが、強度は大丈夫なのか?」


「もちろん。それどころか元になった義肢を圧縮している事もあって、むしろ強度は増してるくらいさ」


「ほう。良い仕事だ」


「実験も兼ねたんだよ。せっかくだったからね。おかげ様でかなり有用なデータを得られた」


「綺麗な色ですね」


 ベッドに座っているティエスが宝石でも見ているかのような目で、クアルタが持つ新しい腕を見て言った。


「白磁みたいだろ? アルティニウムを圧縮する過程でこうなるんだ」


「これが、私の新しい腕なんですね」


「気に入ってくれたかい?」


「はい。私には勿体無いような気もします」


「大丈夫。この腕は君のために作り出したんだ。せいぜいこき使ってやってくれ」


 そう言うと、クアルタはティエスの前に跪いた。

 それを見て、プリメラが心配そうにティエスの側に近寄る。


「痛いらしいけど、大丈夫?」


「正直僕も心配してる。僕の理論、専属医師、技師の腕は確かで手術は大成功だった。あとは接続するだけだけど。この接続がとんでもない。大の大人が気絶する事もあるんだ」


 今から義肢を接続する妹のことを心配して眉をひそめ、俯く兄と姉。

 そんな二人にジェネラスは後ろから近付くと、コツンと軽く、拳骨をクアルタとプリメラの頭に喰らわせた。


「今からその接続をする本人が不安になるような事を言うんじゃない」


 ジェネラスはそう言って、クアルタの横に腰を下ろしてあぐらをかいて床に座った。


「これは持論だがな、痛みは怒りに変換できるもんだ。いいかティエス。痛かったら思い出せ。自分が何故こんな目にあっているのかを。そして怒れ、そうすれば幾分かは痛みは和らぐ」


「神経と魔力管を繋いで義肢と同調するために麻酔や睡眠魔法は使えない。怒りで脳内麻薬を発生させて、痛みを和らげられるなら確かにそれは有りだね」


「怒り。分かりました。頑張ります」


 これがただの事故や病気で腕を失った少女なら、ジェネラスのアドバイスなどなんの役にもたたなかっただろう。

 ともすれば気絶。

 案外その方が楽だったかも知れない。


「じゃあ、接続しよう。辛いのはさっさと終わらせた方がいい」


「お願いします、クアルタ様」


「兄さんでいいよ。じゃあ三つ数えたら接続するから、覚悟してね」


 クアルタが、義肢を持ったまま立ち上がった。

 そしてティエスの肩の接続部と、義肢の接続部にある太い端子を少しずつ近付けていく。


「行くよ。三、二、一!」


「ッツ! ア、アア‼︎」


 義肢接続の痛みは、ティエスの想像以上だった。

 思わず漏れた声がそのまま悲鳴に変わる。

 激痛に思わず立ち上がり、肩を抑えて前のめりに倒れそうにもなったが、その時、ティエスは思い出していた。

 腕を失った時のこと、腕を失うきっかけになった戦争のこと、痛みと共に思い出す故郷を滅ぼした帝国への激しい怒り。

 

 その怒りが、倒れそうな体を踏みとどまらせた。

 一歩、大きく進むように足を出し、肩にもう一つありもしない心臓が激しく脈打つような痛みを抑え付けようと手を伸ばす。


 しかし、その表情は怒りで眉間に皺がより、涙は浮かべど嗚咽は漏れず。代わりに食いしばった口からは唾液が一筋滴っていた。

 

 悲鳴も最初の短いものだけ。


 痛みが徐々に消え、嘘のように消え去った頃。

 ティエスは成人男性でも痛みで泣き喚くような接続手術を気絶することもなく乗り越え、そして新しい腕と、新たな力を手に入れた。


「よく耐えたなティエス」


「さあ、動かしてみてくれないか?」


 服の袖口でティエスの涙と涎を拭うジェネラスの言葉で我に返り、クアルタの言葉に応えるためティエスは接続された義肢を動かそうとして、まだ自分の腕があった時のように指先に力を込めていく。


 それに応えるように義肢は問題なく作動。

 ティエスは新たな腕を元の腕のように曲げ、手を握ったりして動かして、美術品を眺めるように白磁のような義肢を見つめていた。

 

「動く。動きます兄様!」


「ふう〜。良かったあ、成功だ。おめでとうティエス。肩や肘、指に痛みは感じないかい?」


「肩はまだ少し痛い気がしますが。大丈夫です!」


「良かったわね。おめでとうティエス」


「ありがとうございますプリメラさま」


「クアルタが兄様なんでしょう? なら私は?」


「ね、姉様」


「よろしい。はあ〜、でもこれで妹のお世話は終わりかあ。ちょっと寂しいなあ」


 ティエスを囲んで笑い合うクアルタとプリメラ。

 そんな息子や娘の姿を見て、ジェネラスは優しげに微笑んだのだった。

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