第13話 ティエスの初任務

 ティエスの義肢接続手術から数日後のこと。

 ジェネラスはクアルタの開発所でティエスのリハビリの様子を眺めていた。


「最後にガラスのコップを持ってみよう。割れなければクリアだ」


「は、はい」


 新しい腕に慣れるため、クアルタが用意した様々な課題をこなしてきたティエス。

 初日に行った同じコップを持つという課題は力加減が上手くいかず、粉々に砕いてしまい失敗。


 しかし、この日はガラスのコップを破壊せずに持つことが出来た。


「で、出来ました兄様!」


「うん。成功だね。おめでとうティエス。その感覚を忘れないようにね。出力次第では人の腕なんて簡単に折れちゃうからね」


 クアルタの言葉を聞き、自分の新しい腕を見ながら手を握ったり開いたりして感覚を確かめ、ティエスは黙ってクアルタに頷く。

 その様子にクアルタは満足そうに微笑んだ。


「しかし、不便なものだな触覚が無いというのは」


「こればっかりは仕方ないよ父さん。皮膚があるわけじゃないからね」


「ふむ。確かにな。しかしこれでティエスも本格的に傭兵として活動出来るようになったわけだ。これで計画を進めることが出来る(俺の老後の生活資金稼ぎとか、こいつらの結婚費用の貯蓄とか)」


「遂に動くんだね父さん(帝国打倒のために)」


「ああ。だが、その前にまずはティエスを鍛えるところからだな。今までは荷物持ちとして任務に同行してもらっていたが、これからは前線に立ってもらう(傭兵として自立できるように)」


「はい、お父様。誠心誠意、努めさせていただきます(ご期待通り、帝国軍を討ち滅ぼすために)」


 こうして短いリハビリ期間を終え、ティエスはこの日をもって開発所暮らしを終了することになった。

 そしてそれはクアルタとの別れを意味することでもあった。

 ジェネラスはプリメラとティエスを連れて拠点にしているエレフセリアの街へと帰還することにしたのだ。


 その事をクアルタに伝えた翌日。

 仮住まいを片付け、荷物を持って大通りを歩いていると見送りに来たのか、クアルタがジェネラスたちの前に現れた。


「見送りなんていいんだぞクアルタ」


「そういうわけにはいかない。妹の新たな門出でもあるんだから。ごめんな父さん。僕はもうしばらくこの街でやりたいことがあるから一緒には行けない。でも、計画には協力するよ」


「お前はもう一人前だ。自分のやりたいようにやるがいいさ。俺への献金も今まで通りの割合で構わない。それが俺やお前たちの未来に繋がる(楽しみだなあ子供たちの結婚式。さて、俺は死ぬまでに何人孫を見ることができるかな?)」


「未来か。そうだね(父さんが帝国を打倒して、この世界に平穏をもたらした英雄になる日が楽しみだ)」


「ではなクアルタ。体に気をつけるんだぞ?」


「父さんもね」


「まだまだ若いもんには負けんよ」


 ジェネラスはそう言って笑うと、クアルタに向かって手を伸ばした。

 クアルタはその手を握り握手とハグを交わすと、プリメラやティエスとも握手をする。


「姉さん。父さんのこと頼むね」


「分かっているわよ。あなたも仕事、頑張ってね」


「ティエス。父さんの修行は厳しいと思うけど、手術を耐え切った君ならきっと大丈夫。もし腕に違和感があれば僕を頼ってくれ」


「兄様。本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」


 別れの挨拶を交わし、クアルタに手を振ってジェネラスたちは街を離れるために大通りを歩き始めた。

 そして、イーストテイルの街の出口付近でエレフセリア行きの定期連絡便の竜車に乗って、ジェネラスたちは拠点の街へと向かっていった。


 旅程は良好。

 エレフセリアの街に二日掛けて帰還したジェネラスたちは拠点の借家に帰る前にユニオンに立ち寄る。


「帰ってきて早々にお仕事ですか?」


「ティエスに丁度良い依頼がないかと思ってな。剣を教えるにしろ魔法を教えるにしろ、早めに殺しは覚えてもらわねばならん」


 ユニオンの施設内にある依頼提示版の前。

 ジェネラスが腕を組み、顎に手を当て、伸びてきた無精髭を撫でながら貼られている依頼書を眺めていると、ふと目に止まったのが傭兵になりたての新米が受注するような依頼の一つ【ヒュージラット】と呼ばれる中型犬ほどもある鼠型の魔物の討伐依頼書だった。


「ふむ。これにしよう。まずはティエスがどこまで動けるかを見たい。運動神経がいいのはクアルタの開発所のデータ収集でハッキリしているが、問題は実戦で動けるかどうかだ」


「ラット類は大きな前歯にさえ気をつければ、確かに新米の傭兵でも狩れる魔物ですからね。いいと思いますね」


「よし。では決まりだ。この依頼を受けよう。とはいえ流石に大荷物が過ぎるか。ネズミ狩りに、これではピクニックだ、一度拠点に戻って荷物を置いて、装備を整えたら出発だ。プリメラは留守番を頼む、夕食の準備をしておいてくれ」


「ええ⁉︎ 私は仲間はずれですか?」


「人聞きの悪いことを言うなよ。プリメラには魔法の指導を任せているが、今日はティエスの様子見だけだからな。また明日から頼むぞ」


「分かりました。美味しいシチューを作って待ってますね」


 ジェネラスは提示版から依頼書を引っぺがすと受付で受領印を押印してもらい、一度拠点に帰宅。


 荷物を置くと、ジェネラスは宅内の武器庫から自分のお古の剣を取り出してティエスに渡し、プリメラを残して自宅を出ると、街の北門から外へ出た先に位置する農場へと向かって行ったのだった。

 

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