第51話 親としてはどうするべきか
ジェネラスが体を洗い終わり、浴槽で足を伸ばして少々温めの湯を堪能していると、出入り口のカーテンが開かれた布擦れの音が聞こえてきた。
「父上、やはりおいででしたか」
「ようクイント、堪能させてもらっているぞ」
「風呂係の使用人はつけなくて正解でしたね」
「ん? ああ、そうだな。他人に体を洗われるなんて気恥ずかしくてかなわん」
「同意です。私も苦手で」
そう言ったクイントに振り返ると、ジェネラスは出入り口の外で待機している使用人の影をカーテン越しに見て苦笑する。
どうやらクイントたちも湯浴みの時間だったらしく、合流したのは偶然とのことだった。
ジェネラスと同じように体中傷まみれのクイントは風呂係を浴室外に待機させたまま、自分で体を清め、タオルを頭に乗せて浴槽に入るとジェネラスの近くに座る。
「こうして一緒に風呂に入るのは初めてだな」
「ですね」
久方ぶりの親子水入らずだ、話したいことは山ほどあるが、話題が多すぎて逆に何を話せばいいか分からなくなり、二人の間に会話はなく。
浴槽の中央にある、円柱のお湯を循環させる装置から流れる水の音だけが浴室に響いていた。
しかし、クイントはあることを思い出して、口を開く。
「そういえば父上」
「なんだ?」
「今晩就寝する際なのですが、自室の鍵をお忘れなきように。姉上が侵入を企てておりました」
その息子の言葉に、ジェネラスは「はっはっは」と声を上げて笑い「はあ〜。まったく困ったもんだな」と片手で湯をすくって顔を拭く。
「プリメラは昔からそうだったな。私を父ではなく、異性として見ている」
この発言に、クイントは驚いて目を丸くした。
プリメラの気持ち、考えは他人から見れば一目瞭然だったが、父だけはその姉の感情に気が付いていないと思っていたのだ。
「姉上の気持ちに、気が付いておられたのですか?」
「そりゃお前、アレだけあからさまに迫られて気付かん男はおらんぞ? 帰ってきてからはもっと露骨に迫ってきてなあ」
言いながら、ジェネラスは両手を少し上げて肩をすくめる。
「父上は姉上の気持ちに気が付いていないと思っておりました。姉上の気持ちを知った上で、父として接しておられたのですね」
「当たり前だろ? 娘として引き取って育てていたんだからな。俺から離れて、他に好きな男を見つけて恋愛してくれてると思ったんだがなあ」
「姉上の父上好きは筋金入りですね」
クイントの言葉にため息を吐き、水滴のついた天井を見上げてジェネラスは「はあ〜」と、深くため息を吐く。
「どうすればいいのかねえ」
「難しい問題ですね。私たちは家族ですが、あの、なんと言いますか。ほら——」
「血の繋がりはない、他人同士ではある。そう言いたいんだろ? 気を使うなクイント、お前の言葉は正しいよ。事実だしな。しかし、本当に難しい問題を抱えちまったもんだ。歳も離れてるしなあ」
「姉上が、母上になる可能性があると?」
「プリメラは魅力的に育った。俺好みのいい女にな。でもなあ、やっぱり娘は娘だしって考えもあるわけだ。しかし、プリメラの気持ちを無碍にするのも気が引ける。どうすりゃあ丸く収まるのかねえ」
「貴族の世界は当たり前のように血縁同士の婚姻もありますからね。父上が姉上の気持ちを知っている以上は、私はこの話にこれ以上踏み込めそうにありません」
「え〜? お前の話から始まった話題なのにか?」
「二人でよく話し合うしかないでしょうコレは。まあ私は姉上が母上になっても全く違和感はないので正直どっちでもいいです。姉上のことは母同然に感じてもいますからねえ」
「そうなのか?」
「セロ兄上は違うでしょう。私以降の弟妹たちのことも分かりませんが、少なくともセグン姉上、クアルタ兄上は姉上について『母がいたらこんな感じなんだろうな』とは言っていましたよ」
「確かに面倒見は昔から良かったからなあ。ふむ、そうだな。一度機会を見つけてゆっくり話し合ってみるとするか」
観念した、というよりは決心したように、ジェネラスはそう言うと、両手でお湯をすくい上げて顔に掛けると髪を掻き上げた。
「一途な女性は頑固ですよ、父上」
「お? なんだ、知った風な口をきくじゃないか。心当たりがあるのか?」
「今でこそ王家に婿入りした身ですが、クリスと恋人になる前、クリスが私と一緒になれないなら王家を捨てるって言い出したことがあって」
「なんだ惚気か? しゃあねえな聞いてやるよ。で? その先は?」
こうしてクイントは自分たちの馴れ初めから、自分が王家に婿入りを決心するまでの話を始めた。
父ジェネラスの元を離れてから再会するまでの、親子としての時間を埋めるように、クイントは浴室の出入り口に待機させていた使用人に飲み水を用意させて、これまであったことを話して聞かせる。
その話を、ジェネラスは優雅なオーケストラの音楽でも聞くかのように耳を傾け、楽しい入浴時間を息子と過ごしたのだった。
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