第50話 旅の疲れを癒す時間

 食事を終え、クイントの先導で案内された部屋の中。

 ジェネラスは置かれていた革の旅行鞄から着替えのシャツとズボン、下着を取り出すとそれを街の大衆浴場に行く際に持参する布袋に入れて廊下に出た。


 旅の疲れを癒すため、部屋に案内される前に通過した浴場へ行こうと思ったのだ。


「あら。お父様もお風呂ですか?」


「おおビックリしたあ。お前たちもか」


 ジェネラスが部屋を出たタイミングで、隣の部屋からプリメラが、その隣からセグンが、という風に見計らったように父娘が廊下で合流する。


「いやあせっかくだしなあ。入ってみたいじゃん貴族風呂」


 そう言って、セグンが振り返ってティエスを見ながら「なあ?」と笑った。


「風呂嫌いが珍しいこともあるもんだ」


「最近はちゃんと入ってるだろ? ティエスが尻尾の手入れしてくれると、めっちゃ艶っ艶になるんだぜ?」


「ほう。ならセグンの風呂の世話はティエスに任せたほうが良さそうだな」


「私の時は嫌がるくせにねえ」


 そんな話をしながら、四人は屋敷内の浴場へと向かっていく。

 土足で踏むことが躊躇われる赤い絨毯が敷かれた廊下を照らす魔石灯が、風に吹かれた蝋燭の火のように明滅し、歩くジェネラスたちの影を揺らしていた。


「確かこっちが男用だったか。ではな、ゆっくり寛がせてもらえ」


「そうですねお父様、それはそれとして、お背中流します」


「お前は弟の家でもブレんな。大人しく妹たちと行きなさい。セグン、ティエス、姉さんを連れて行け」


「へーい、了解…………おい……おい姉貴! 強化魔法で抵抗すんなよ!」


 浴場の前、肩を掴み引っ張って女湯の脱衣場に行こうとしたセグンだったが、直立しているだけに見えるプリメラはそれを身体強化魔法を使用して耐えている。


 熟達した魔法使いの身体強化魔法による強化度合いは鍛えた闘士の身体能力を優に上回る。

 とはいえ、重量がますわけでもない。


「ティエス、姉貴の足持て」


「了解です姉様」


「あ! ちょっとアナタたち狡いわよ!」


 結局プリメラはセグンとティエスに担がれて脱衣場に入っていった。


「振り解けるはずなのに、やらんあたりは冗談のつもりか。やれやれ」


 連れて行かれた娘の姿に苦笑して、人差し指で頬を掻くと、ジェネラスは男湯の脱衣場へ向かう。


 その脱衣場は個人で使うには広く、大人一人が悠々と寝そべることが出来そうなほど、ともすれば三人並んで眠ることくらいなら出来そうだ。


 そんな脱衣場の壁際に設置された扉のない棚。


 そこに置かれた艶のある籠にジェネラスは衣類を脱いで放り込むと、その足元に着替えの入った袋を置き、タオル一枚取り出してカーテンが掛けられた浴室の方へと向かっていった。


「お〜。こりゃあ良い」


 浴室は大衆浴場ほど広くはなかったが、それでも切り出された石で囲まれた円形の浴槽は大人数人入ってもまだ余裕がありそうなほどには広い。


 壁も艶やかに加工された石の壁で、その壁際に取手にあたる部分にはめ込まれた魔石に魔力を送ることで湯の出る蛇口や桶、椅子が置かれ、台座の上には各種洗剤が入った瓶が置かれていた。


「まずは体を洗ってからかねえ。湯にはゆっくり浸からせてもらうか」


 初めて体験する貴族の風呂だが、風呂は風呂。

 ほんの少し以上には気分を良くしたジェネラスは、まずは体を洗うことにした。


 その頃。

 女湯ではプリメラとティエスがタオルで前を隠し、その後ろから、セグンがタオルを肩に掛け、弾む胸元全開で浴室に足を踏み入れていた。


「おお凄え! 家の風呂と全然違うじゃん! デッカァ!」


「大きいのはアナタの声と胸よ。隠しなさいよ、はしたない」


 セグンの声に振り返り、プリメラが眉間に皺を寄せ、口元には引きつった笑みを浮かべる。


「え〜? 別に良くね? 俺たちしかいねえんだし。だいたい、姉貴だって別に小さくはねえじゃん。ティエスに比べれば」


「ぐふ」


 セグンの悪気はない言葉に、胸元を押さえて動揺するティエス。

 そんな妹の横でプリメラはため息を吐き肩を落とした。


「ね、姉様は小さい胸はお嫌いですか?」


「べっつに〜? デカくても肩こるだけだしな、俺としては小さいほうが羨ましいぜ」


「持ってるものの余裕かしら、ぶち転がすわよセグン」


「なんでだよ! 俺別に悪いこと言ってないだろ!」


「さあ、セグン髪と尻尾を洗いましょうか、ティエス、手伝いなさい」


「了解です!」


 こうして姉と妹両方から怒りをかったセグンは壁際に連行。

 二人からその筋肉質な引き締まった体や、髪や尻尾を雑に洗われることになったのだった。


「ふふふ。お姉様たちは仲がよろしいのですね」


 洗髪から逃げようとしたセグンを、プリメラが魔力で編んだ縄で捕まえたところで聞こえてきた声に、三人は出入り口のカーテンのほうを見る。


 そこには給仕服を着用した従者に部屋着を預け、浴室に足を踏み入れたこの国の第四王女、クリスティナの生まれたままの姿があった。


「で、殿下⁉︎ 申し訳ありません、お見苦しいところを」


「いや、挨拶の前に縄解けよ姉貴ぃ!」


 縄で縛られたセグンの横で頭を下げるプリメラとティエス、そんな三人を見てクリスティナは楽しそうな笑顔を浮かべていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る