第49話 屋敷での夜
調印式に参加するため住み慣れたエレフセリアの街から王都にやってきたジェネラスたちは、案内人の先導でその日泊まる宿にやってきたが、そこは宿ではなく、息子と婚約者が暮らしている屋敷だった。
日も暮れた王都の上空に広がる星の海。
夕食の時間には少し遅いが、ジェネラスたちはクイントと婚約者のクリスティナの案内で晩餐室で食事を楽しむ。
そして、食後のお茶を振る舞っていたクイントが「ああ、そういえば」と、口火を切った。
「調印式は兄上が到着してから三日後に行われますので、もしよろしければ明日など、王都を案内いたしますが」
「いや、俺は観光はいい。ただ、久しぶりの王都なんでなフラフラ歩かせてはもらおうかな。案内なら娘たちを連れて行ってやってくれ(たしか商業区に美味いケーキ屋があったはず、久しぶりに甘いもんでも食うかなあ)」
「分かりました。姉上たちもそれでよろしいですか?(調印式前に街を見る、か。もしや、工作員を探すつもり……いや、流石に考えすぎか。その工作員が侵入しているかも分からないしな)」
食後に出された紅茶を口に運んでから言った父の言葉に頷き、クイントがプリメラたちの方に視線を向ける。
しかし、観光の提案をプリメラは「私もいいわ。お父様と出かけます」と、言うとジェネラスのほうを見て微笑んだ。
その様子に、初めて王都を訪れた末妹のティエスは残念そうに顔を伏せるが、それを見ていたセグンが砂糖を入れて甘くした紅茶を一気に飲み干すと口を開く。
「じゃあ俺とティエスに街を案内してくれよ。俺たちは親父や姉貴と違って王都は初めてだからよ」
そう言って、セグンは隣に座っているティエスの肩に手を伸ばしてポンと置いた。
「そうですね。分かりました、それでは明日は別行動としましょう。クリスと一緒に王都の案内をさせていただきます」
クイントの言葉に「頼むぜ」と、ニカっと笑うセグン。
そんな娘の姿を見てジェネラスも嬉しそうに微笑んでいた。
「皆さん仲がよろしいのですね」
「血は繋がってはいないが、家族ですからな」
背中まで伸びたストロベリーブロンドのロングヘアを、バレッタで後頭部付近で止めているクリスティナが、羨ましいと言わんばかりにそう言って、微笑んだ。
しかし、暗い窓に反射したその肩が落ちた気がして、そこに少しの哀愁を感じ、ジェネラスは王女の家庭事情を推し量る。
(第四王女だもんなあ、最低でも上に三人姉がいて、後継者争いの噂もたたんことから何人かは知らんが優秀な兄もいる。歳の離れた娘が可愛くないわけではなかろうが、カルディナ国王ももういい歳だ。普通の家族のような付き合いかたはしておらんのかねえ)
そんな事を考えながら、もう一口紅茶を飲むとジェネラスは意を決して口を開く「不敬とか言われませんように」と、願いながら。
「そんな家族にまさか王女殿下が加わることになるとは。いやはや人生何が起こるか分かりませんな」
と、クリスティナの目を見て言うと笑う。
「クイントは自慢の息子の一人ですが、ちょいと真面目が過ぎるんで、そういうところが堅苦しく感じるかもしれませんが、どうかこれからも支えてやってくだされ」
「クイントは私が唯一愛する人。私自身、不出来な身ではありますが、誠心誠意支えていくつもりです。それで、もしよろしければ、私のことは敬称などではなく、名前で呼んでいただきたいのですが」
ジェネラスの言葉に頭を下げて答えたクリスティナ。
そんなクリスティナが、家族なら名前で呼んでほしいと願い出てきたわけだが、ジェネラスたちは平民で、クリスティナはクイントの婚約者とはいえ王族だ。
名前で呼ぶなど「さ、流石にそれは不敬では」と、プリメラが冷や汗を浮かべるが、その言葉をプリメラが言いかけたのをジェネラスが軽く手を上げて止める。
「分かった。この屋敷に比べれば小屋も同然だが、たまにはクイントと家に遊びに来てくれ、歓迎するぞクリスティナ。我が娘よ(大丈夫かなあ⁉︎ 流石に怒るか⁉︎)」
「ありがとうございますお父様! 必ず、必ず伺います!」
(大丈夫そうだあ! よかったあ〜)
先ほどの寂しそうな微笑みではなく、心の底から嬉しそうな笑顔を向けるクリスティナ。
そんな婚約者の姿を見て、クイントも「良かったね、クリス」と、嬉しそうに微笑んだ。
「そろそろ夜も更けてまいりましたね。個室を用意してありますので案内致します。浴場もありますので、そちらを経由して部屋に行きましょう」
「おお、貴族の風呂か。そいつは楽しみだな」
そのジェネラスの言葉を合図にするように、一同は立ち上がる。
そして扉の側に控えていた執事が扉を開けたので、ジェネラスたちは廊下に向かう。
そんな中、プリメラが足早にクイントに近付いていった。
「ちょっとクイント。部屋割りは? 私とお父様の部屋、離れてないでしょうね」
みんなには聞こえないように、歩きながら小声でクイントに聞くプリメラ。
そんな姉に、クイントは苦笑を浮かべる。
「そんな事したら姉上機嫌悪くするでしょう? 同じ部屋とはいきませんが、隣にはしています。しかし、姉上、くれぐれも父上の部屋に侵入してはいけませんよ?」
「しません。たぶん、きっと、恐らく。まあ、ちょっと、お話しに行ったりはするかもしれないけれど」
「父上に就寝時は鍵を掛けるように言わねば」
こうして新しい家族との晩餐は終わり、ジェネラスたちはそれぞれの案内されて各部屋に向かうのだった。
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