第45話 旅支度の前の買い物
王都に住む、というか王城に婿として住む息子からの招待状を受け取った翌日。
ジェネラスはユニオンから金を下ろしたあと、娘三人を連れて街の服飾店を訪れていた。
主にパーティーや冠婚葬祭で着用するスーツやドレスを取り扱う高級店だ。
息子からの招待状とはいえ、赴くのは王都で、行くのは城で、訪ねるのは王の御前。
ジェネラスは一応式典用のスーツを持っていたが、鍛えた身体が仇になってしまい、筋肉で上着もパンツもつっかえてしまったため、ドレスを持っていない娘たちの分を買うついでに店を訪れた。
「ふむ。俺はこれで良いか。仕立てにはどれくらいかかるかね?」
「最短で十日ほどになります」
「分かった、よろしく頼む(割と早いな。確か、調印式まで一ヵ月。王都までは早くても三日と少し。まあ間に合うか)」
色やら生地やら選んだあと、採寸しながら店員と話しつつ今後の予定を考えるジェネラス。
そんな彼の前に支配人の老紳士がやってくる。
「この度はスーツのご購入ありがとうございます。娘様がたも、もう間もなく採寸が終了しますのでしばらくお待ち下さい」
「ありがとう。助かる。あー、あのセグン、犬耳の娘は大人しくしていたかな?」
支配人の老紳士はそのジェネラスの言葉に一瞬体をビクつかせ、苦笑を浮かべ。
「え、ええ問題なかったようです」
と、呟いた。
それというのもセグンは礼服や窮屈な正装を嫌うため、新しいドレスを買うことを嫌がったのだ。
しかし「じゃあ留守番な」という父の言葉にもセグンは首を横に振り、王都には行くと我儘を言い出す。
結局ティエスに、末の妹に宥められ、セグンは渋々姉妹と共にジェネラスとは別の部屋へと向かっていった。
「非常に活発な娘さんで」
「昔からああでな。姉のほうはお淑やかになったもんだが、いやはや、子育ては上手くいかんもんだ」
「わかります。わかりますよ。ええ、本当に」
ジェネラスの言葉に何か思うところがあったのか、老紳士は俯いてやれやれと言いたげに首を振る。
そこからしばらくもしないうちに、ジェネラスが老紳士と個室で談笑しながら紅茶を飲んでいると、ドアがノックされ、別の店員が顔を覗かせた。
その店員に支配人が近付き、頷いたあとジェネラスに向き直り頭を下げる。
「お客様。娘様、お三方とも採寸まで終了したそうです」
「そうか。では会計を頼む」
ジェネラスの言葉に再び頷き、やってきた店員から数枚のメモ用紙を受け取り、老紳士は別の紙にスーツとドレスの合計金額をペンで書いていく。
そして、老紳士は合計金額を書いた紙をジェネラスに差し出した。
「まとめて購入していただきますので、少しばかりマケておきました」
「気前が良いな」
「ご贔屓に、していただきたいですからね」
人当たりの良い笑顔を浮かべる老紳士から請求書を受け取り、ニヤッと笑いながらジェネラスは視線をその請求書に向ける。
すると一瞬だが、ジェネラスの中で時間が止まる。
(たっかあぁあ! ええ? スーツはまあこんなもんだろうが。ええ〜? ドレスの値段、ええ〜? スーツの倍ぃ?)
「あのお客様。どうかなさいましたか?」
「ああいや。なんでもない、受け取ってくれ足りるはずだ(ユニオンで金下ろしてきて良かったあ。持ち金だけじゃ足りなくて恥かくところだったなあ)」
「こちらで確認したほうがよろしいですか?」
「誤魔化して多めに取るようなことはせんだろう? 構わんよ、やりやすいようにやってくれ(あんまり袋から金貨出ていくの見たくないし)」
「かしこまりました。すぐに確認してまいります。娘様がたはこちらにお通ししますね(傭兵の方にしては気前の良い。これが噂に聞くジェネラス・サンティマンという方か。どうやらとんでもない人格者のようだ)」
「頼む」
そう言ったジェネラスに深々と頭を下げ、受け取った金貨が入った袋を持って部屋を出ていく。
それと入れ違うかたちで娘三人がジェネラスがくつろいでいた個室に入ってきた。
プリメラは慣れた様子で、ティエスも落ち着いているが、セグンは何故か元気がない。
耳も尻尾も垂れ下がっている。
「どうしたセグン。随分と大人しいじゃないか」
「分かって言ってるだろ親父ぃ。俺フリフリヒラヒラの付いた服もかしこまった窮屈な服も嫌いなんだよ」
「今のうちに慣れておけ。兄弟たちの結婚式にもいつかは出席する時がくるんだからな」
「今日の試着だって本当は嫌だったんだからな!」
「あのなあ、お前だっていつかは結婚…………するのか? 想像出来んな」
プリメラやティエスを含め、他の子供たちはまだしも、目の前のソファにドカッと腰を下ろして足を組んだセグンを見て、ジェネラスは口元を抑え眉間に皺を寄せる。
その様子にジェネラスの隣に座ったプリメラも、セグンの隣に座ったティエスも苦笑を浮かべた。
そして、支配人の老紳士が戻ってるまでの短い時間で、店員が淹れた紅茶やクッキーなど茶菓子の味を楽しんだのだった。
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