第46話 セロ

 ジェネラスたちが調印式に参加するために礼服を買いに街に出たその日のこと。


 ジェネラスたちが暮らすエレフセリアの街が属するカルディナ王国の、南東に位置するハイラント王国。


 そのハイラント王国の王都ネルガティスの中央に位置する王城内を、小柄な少女が「兄様あにさま〜? 兄様〜?」と思い当たる部屋の扉を開けながら人探しをしていた。

 

 王城の廊下の窓ガラスに映る少女の髪は薄い水色の髪が毛先にいくにつれ桃色になり、側頭部から頭頂部に向かって湾曲した角が伸びているのが見える。

 

 彼女は人間ではない。

 人の見た目をしているが、人より魔法の扱いに長けた種である魔族と呼ばれる存在だ。

 

 見た目には十代半ばといったところだが、彼女は成人で王国騎士団に所属。

 そのなかでも魔法の扱いを得意とする魔法師団に所属しており、役職は団長。

 つまるところ、ハイラント王国内最強の魔法使いなのである。


「トリスさま? 騎士団長なら先程中庭ですれ違いましたよ?」


「もう。また土いじりね。ありがとう! 行ってくるの!」


 声を掛けてきた部下に手を振って、トリスと呼ばれた魔族の少女は廊下を駆け、突き当たった窓を開けるとスカートの裾を抑えて中庭への最短ルートを飛び降りた。


 そして、羽毛が落ちるように、整えられた石畳が敷かれた中庭の通路にフワッと着地すると、魔力感知の魔法を使用して人探しを続けるが、反応はない。


「もう! また感知遮断で隠れて! 兄様ぁあ! いるのは分かってますよ⁉︎ 兄様ぁあ!」


 トリスが頬を膨らませ、ご立腹の様子で中庭を進み、声を上げる。

 すると、その声に反応してか、薔薇の花を咲せた生垣の向こうから「トリス? どうしたんだい?」と、優しげな声が聞こえてきた。


「やっと見つけた! カルディナから密書の返事が届いたからお知らせにきたの!」


「受けてくれるんだろ? 調印式は一月後ひとつきごってところかい?」


 生垣の向こうから聞こえてきた声に、トリスはため息を吐くと、声の主がいる方に回り込みながら魔法で空中に届いた密書の返事が書かれた手紙を出現させる。

 そして、おおよそ騎士団の長とは思えない土色の作業着を着て土いじりをしている兄、セロにその手紙を渡した。


「兄様、父様みたいになってきたの」


「本当かい? それは嬉しいな。でもこの前、カルディナに行くまではクイントが王家に婿入りしてるなんて予想はしてなかったから驚いたんだけどね。父さんなら、それも予想してたよ。多分ね」


 土いじりの為の手袋を取り、汗が滲んだ頬を拭うと、前髪を結っていた紐を解き、トリスが空中に浮かせた手紙を受け取る。


 内容はセロの予想通り、同盟の締結を承諾するというもので、調印式を一カ月後にしたいというものだった。

 その手紙を読み終えたセロは、もう一枚、弟のクイントが個人的に兄である自分にしたためた手紙を見つける。


 すると、セロは密書の返信を妹のトリスに渡すと、返信の手紙より嬉しそうに弟からの手紙を読み始めた。


 内容は他愛のないもので、兄であるセロが他国で貴族になっていた事への驚きや、自分の近況についてが書かれており、最後に父であるジェネラスも調印式に招待した旨が書かれていた。


「この前はあんまり話が出来なかったからね。ははは、いやあ僕が貴族になってる間に弟は王家に婿入りとはねえ。まあおかげで、かなりやり易くなったわけだけど」


「今回の同盟の話が順調に進んでいるのもクイントのおかげかも」


「そうだね。調印式には父さんたちも招待したみたいだ。プリメラやセグンも一緒にいるようだから久しぶりの再会だ。あと、新しい妹は、初めましてになるね」


 読み終えた手紙を折ってたたみ、作業着のポケットに入れると、セロはそのポケットをぽんぽんと撫でるように叩き、微笑みを浮かべる、


「プリメラ姉様には帰ってきて欲しいの」


「業務が辛い?」


「違うわ。ちょっと、淋しいの」


「トリスは甘えん坊さんだね。まあプリメラは昔から父さん大好きだし、仕方ないよ」


「家族の中に、父様を嫌いな子なんていないの」


「そりゃそうだ。僕たちにとっては優しく厳しい父であり、新しい道を示してくれた、神さまみたいな人だからね(いや、僕にとっては神さまそのものかな)」


 言いながら、セロは手袋を着用すると、その場にしゃがみこんで雑草を抜き始めた。

 そんなセロの姿を見て、トリスは困ったように苦笑する。


「兄様は、帝国を打倒したらどうするのです?」


「ん? またその話かい? 前も言ったろ。僕は帝国を打ち倒す事しか考えてないって。でも、そうだね、全部終わったら、爵位も立場も全部捨てて、花屋さんでも開こうかな」


 生垣に生える薔薇を見上げ、優しげな笑みを浮かべるセロ。

 その横顔を見ていたトリスが頬を赤くした。

 

 自分を拾い、ここまで育ててくれたセロのことを、トリスは兄としてではなく、一人の男として愛している。それこそプリメラがジェネラスを想っているのと同じように。


「そのお店。私も手伝っていい?」


「いいよ。退屈するかも、知れないけどね」


 そう言って、セロは隣に立つトリスの顔を見上げながらニコッと笑ったのだった。

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