第47話 調印式への道中の話
ジェネラスやセロの元にカルディナ王家から招待状が届いてから約一カ月。
計ったわけではなかったが、ジェネラスは来賓として娘たちを連れて、セロはハイラント王国の代表として妹のトリスを伴って同日、住み慣れた街を発った。
「王都まで馬車でだいたい三日。いや、馬を休ませながらだと四日は掛かるか」
「久しぶりに長旅ですね、お父様」
ユニオンから借りた箱馬車の座席に座り、窓から流れていく景色をボケっと眺めていたジェネラスが呟き、そんな父に向かってプリメラが微笑む。
「王都に行くのはお前とセロを連れて行って以来か。あの時はまだまだお前たちも子供だったが、俺がまだ二十代だったもんなあ歳は食いたくないねえ」
「まだ四十も前半ではありませんか」
「十分老兵の域だろ」
窓に反射した皺の増えた自分の顔を見て、鼻で笑うと、ジェネラスは肩をすくめた。
晴れた空に小さな雲が並んで流れて飛んでいく。
特にやることがあるわけでもなし、隣り合って座っているプリメラとティエスが、暇つぶしがてらに始めた魔法の鍛練を眺めていると、眠気に誘われたか、ジェネラスが寝息をたてはじめた。
その頃のセグンはというと「馬車は狭いから嫌」と、出発当初から我儘を言ったため、荷物を縛っている馬車の屋根の上で荷物を下敷きにして爆睡している。
一方で、ハイラント王国を発ったセロたちも騎士団の馬車の中で暇を持て余して雑談をしていた。
「兄様。帝国側は今回の我々の同盟結成を静観すると思います?」
「まさか。何かしらの行動は起こすと思うよ。道中で僕たちを襲うか、一番は調印式で何か騒ぎを起こして同盟を阻むか。僕なら調印式で使節を殺すね」
「そうされないように、私たちが行くんですね?」
「そうだね。僕とトリスなら相手が父さんじゃない限りは負けないからね」
過去。まだジェネラスと暮らしていた子供だった頃を思い出しながら、セロは目を閉じて口元に笑みを浮かべる。
初めての育成だったこともあり、ジェネラスはいまいち子供への接し方が分からず、今より厳しくセロに接していたことがあった。
剣の訓練にしろ、魔法の鍛練にしろ、自分が師匠に受けた指導をそのまま真似してセロに叩き込んだのだ。
しかし些細な、本当に些細なことが原因でジェネラスはその教育方針を転換することになる。
「兄様が父様に負けるところが想像できないの」
「実際のところまともに戦えば僕が勝つと思うよ。主観的な予想とか憶測ではなく、客観的に見てね。でも勝てない。僕とトリスが二人で戦ってもね」
トリスの言葉に、再びセロが昔のことを思い出す。
自分が流行りの病で倒れた時のこと、熱に浮かされ、衰弱して死に掛けた時のこと。
父はその時属していた国には生息していない、流行病の特効薬の原料になる薬草と、稀少な魔物から取れる血を"運良く"手に入れてセロを救った。
その薬で病が治った頃から、セロはジェネラスの異様な運の良さに気がつく。
「父さんは天運に恵まれている。ああ、もちろんそれだけじゃないよ? あの人、普通に強いのは強いからね。ただ、傭兵として色んな仕事を父さんとしたけど、父さんはどんな敵にも負けた事がないんだ」
「初めて聞く話ですね」
「初めて話すからね。父さんは父さんで自覚してないみたいだし。例えばコレは僕がまだ未熟だった時の話なんだけど」
そう前置きして、セロはジェネラスとこなしてきた仕事の話を始めた。
その際に何があったかを掻い摘みながら。
「商売敵の同業に囲まれて絶体絶命だったのに、仕事中に父さんが助けた狼型の魔物の子供が、親と仲間を連れて来て加勢してくれたこともあったよ。父さんが射った矢が逸れた先に、姿を隠していた魔法使いがいたりしたこともあったなあ」
「分かっていて、そうしたわけではなくて?」
「僕も最初は父さんが全部計算してやってることだと思ってたんだけどねえ。父さんは『運が良かっただけだ』の一点張り。で、実際のところを確かめようと何回も父さんに挑んだけど、一回も勝ったことないんだなあコレが。ずっと何かに邪魔されるように負けるんだ。僕が折った父さんの剣が光を反射して目眩ししたりね」
自分が負けた時の話なのに、まるで自慢話のように楽しそうに昔の話を聞かせるセロの様子に、トリスは苦笑する。
しかし、よくよく考えてみればセロが自分を拾ってから旅立つ間の短い期間を一緒に暮らしていた時ですら、思い当たるところがあった。
「そういえば、まだ兄様に拾われたばかりの頃。イタズラするくらいの気持ちで父様を魔力弾で狙ったんですが、落とした本を拾おうとして、しゃがんだ父様に避けられたことがありました」
「父さんは運に恵まれている。この世界に神様がいるなら、その神様は、きっと父さんのことが好きなんだろうね。ああでも、父さんギャンブルは全く駄目だったな」
言いながら、その昔「俺って運が良いのかもしれん!」と、宣いながら賭場へ行き、ユニオンに預けていた預金以外の所持金を全額スって、死にそうな顔で帰ってきた真っ青な父の顔を思い出して、セロは口に手を当て笑う。
そんな話をしていたからだろうか。
馬車で眠りこけていたジェネラスは特大のくしゃみを一つ暴発させて、対面に座っていた娘二人を驚かせていた。
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