第34話 行動開始

 翌朝早く、まだ太陽が上り切る前にジェネラスたちは目を覚ました。

 いつもなら、いつもの日常なら、まだ深い眠りに落ちている時間だが、今日は仕事だ。

 出発前の腹ごしらえのために集まった食堂で、欠伸をしていたのはジェネラスだけだった。


「はあ〜。おっといかんいかん。すまんな緊張感がなくて」


 欠伸と共に出た涙を拭い、用意してもらったベーコンが乗ったパンにかぶりつく父の姿を見ながら、子供たちは苦笑する。


(戦地に赴くというのにこの自然体。やはり歴戦の傭兵ともなると違うということか。見習わねば)


 子供たちの考えはクイントと一緒みたいだ。

 皆黙々と朝食を食べ、その後、昨晩のうちに用意した装備と荷物を取りにそれぞれの自室へと向かっていった。


 しばらくして、ジェネラスたちは装備を整えた状態で砦内部の大部屋に合流すると、そのまま階下へ移動、昨日騎竜を預けた正門へとやってきた。


「目的地の少し前までは騎竜で移動する。セグンはここから別行動だ。出来るだけ多くの魔物たちに声を掛けて、西の森や東の荒野への動きがないか探ってくれ」


「了〜解。んじゃあ先に行ってくるぜ親父」


「通信魔法の魔力波形は全て俺に合わせておけ。何か連絡があれば俺から対象に伝える」


「へーい」


 ジェネラスの言葉に返事をすると、セグンは騎竜を待たずに跳躍のみで山間部の岩肌を登っていく。

 それをティエスが心配そうに見上げていた。


「セグン姉様大丈夫でしょうか」


「人の心配をする余裕が出来てきたか」


「あ、いえ。すみません」


「謝ることではない。戦場では必要な感覚だ。目の前だけ見て進んで、後ろの仲間たちが全滅してちゃ世話ないからな」


 過去に何かあったのだろうということが分かる、少し悲しげにも見えるジェネラスの苦笑いに、ティエスは小さく頷いて答え、騎竜が厩舎から出てくるのを待つ。


 その間に、ジェネラスは昨晩手合わせしたクイントが魔眼を使っていなかったことを思い出し、その事を聞いたのだが息子からは「ちょっとコレは仲間や家族に使えるような物じゃないので」と、はぐらかされてしまった。


「そんなにヤバい眼なのか?」


「どうでしょう。師匠の話だと普通なら大した効果のない眼なんですが、私と、というか私の戦い方と相性が良いらしくて」


「呪いを掛けたりという物ではないということか」


「そうですね。私の右眼は魔力や空気、空間の歪みや綻びを見ることができるんですが」


 クイントが長い前髪越しに右目を抑えながら、呟く。

 しかし、この時ちょうど厩舎から兵士がジェネラスたちの騎竜の手綱を引いて現れたため、クイントの話は中断されてしまった。


「まあ、何はともあれ使えるなら構わん。その力、俺に見せてみろ」


「かしこまりました父上。我が剣、とくとご覧ください」


 ジェネラスが騎竜に搭乗した。

 それに続いて子供たちも騎竜の鞍に跨り鐙に足を乗せる。


「クイント。隊列の先頭を任せられるか?」


「この先の荒野には演習でも何度か訪れていますので、お任せください」

 

「分かった。なら列はクイントを先頭に俺、ティエス、プリメラの順番だ」


「お父様。何かあった時のために私はお父様の隣にいた方が良いかと思うのですが」


「プリメラぁ。お前の魔法の効果範囲そんな狭くないだろ? もしもの時は皆んなを守れ。いいな?」


 眉をひそめ、困ったようにため息を吐くジェネラスの言葉に、プリメラは渋々といった様子で「はい」と呟き、ティエスの騎竜の後ろに移動する。


 それを見て、肩をすくめると、ジェネラスは人差し指と中指だけ伸ばして耳に当て、通信魔法を発動。


 先頭に移動したクイントや後ろにいるティエス、プリメラの耳元に「移動中は何かあればこっちで声を掛ける。驚いて落竜らくりゅうするなよ?」と話しかけて騎竜を北の荒野に繋がる門へ向けた。


「良し。では行動開始だ。敵に見られていると思って行動しろ、いいな?」


「了解です。では、開門します父上」


 耳元から聞こえたジェネラスの声に、通信魔法で同じように返事をしたクイントが肩越しに振り返るとジェネラスが首を縦に振った。


 それを確認したクイントは右手の肘を曲げたまま上げ、握って開いてを二回繰り返す。


 すると、目の前の重そうな扉が騎竜が通れそうなくらいだけ開いた。

 

「俺は神様なんか信じちゃいない。だからお前たちも、自分が信じる者に無事に帰れるように祈れ」


「では私は姫様に」


 クイントが優しく微笑む。


「私はもちろんお父様に」


 プリメラは騎竜から身を乗り出して、ジェネラスの背中を見ながら笑った。


「私もお父様に願います」


 姉や兄と違い、ティエスは緊張しているが、それでも微笑みながら父の言葉に答える。


「はっはっは。では仕事だ。怪我はしてもいい、生きて帰れば祝杯だ」


 ジェネラスの声を合図にするように、クイントが軽く騎竜の腹を蹴って前進を始めた。

 その後に続いてジェネラスたちも騎竜を進める。


 そして最後尾。

 プリメラが砦の北門を通り抜けたのを確認した兵士たちは扉を閉めた。


 閉門の音を背に、ジェネラスたちはまだ薄暗い渓谷を騎竜に乗って進んでいく。

 空は曇り空だが、雨が降る気配はない。

 乾いた風が、ジェネラスたちを荒野に誘っているようだった。

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