第15話 農場防衛戦
「もっと火力を上げろ! 援軍が来るまで保たせるんだ!」
森と農場の間の草原に若い傭兵の声が響いた。
その声に応えるように、魔法が得意な傭兵数人が一斉に攻撃魔法を使用する。
しかし、一掃したところで再び森の影から湧いて出てくるように出現するヒュージラットたちに、傭兵たちは少しずつ戦意を喪失していく。
「なんなんだコイツら。いくらネズミとはいえこんなの普通じゃないだろ」
「確かにな。何か意思をもって、というよりは、操られているような動きだ。統率されている(ように見えなくもないな)」
戦線の後方。
魔法を使い過ぎて疲弊し、膝をついてしまっている傭兵の言葉に、その隣に立ったジェネラスが呟いた。
すると、どうやらその疲弊している傭兵はジェネラスの顔を知っていたようで「オーナー⁉︎ ジェネラス・サンティマン!」と驚いて声を上げると目を丸くして隣に立つジェネラスを見上げた。
「依頼を受けてきたのだが、随分と大変そうじゃないか(流石にこう、ウジャウジャ湧いてるとキモいなあ)」
(お父様笑ってる。すごいなあ、こんな状況で勝ちを確信してるんだ)
綺麗な緑色の絨毯に黒い泥水をぶち撒けるかのごとく迫る、中型犬程もあるネズミたちに引き、苦笑を浮かべているジェネラス。
しかし、ジェネラスより頭一つは身長の低いティエスから見ると、ジェネラスは自信たっぷりと言わんばかりに笑っているように見えた。
「おお! あなたがあのジェネラス!」
「オーナー! 助かった! 最強の援軍が来てくれた!」
「良かった! これで農場地帯を守れるぞ!」
先に疲弊した傭兵が上げた声に振り返り、ジェネラスの姿を見た傭兵たちが叫ぶ。
とはいえ、同時に叫ぶものだから、ジェネラスやティエスにはよく聞き取れないでいた。
「随分と士気旺盛だな。我々は邪魔にならないように少し前に出て、取りこぼしを処理するとしよう」
「前に。分かりました」
「フォローはする。まずは好きなように動いてみろ」
ジェネラスの言葉に静かに頷き、剣をダラリと下げ、歩き出すティエス。
その後ろを着いて行くために、ジェネラスもゆっくりと歩きだし、魔法戦を展開していた傭兵や領兵たちの横を通り過ぎてネズミたちに向かっていく。
その姿を見て、傭兵たちが興奮気味に叫んだ。
「あの伝説の傭兵が自ら前に!」
「スゲエ! ジェネラスさんの戦いが見れるぜ!」
「こうしちゃいられねえ! オーナーを援護するぞ!」
各国で活躍している傭兵を育てた傭兵としてのネームバリューに尾鰭が付き、同業者からは物語の中に出てるくる英雄や、歴史に名を連ねる偉人たちのように思われているジェネラス。
そんなジェネラスが自分たちを守るために前に出たのだと勝手に思い込んだ傭兵たちは、奮起して魔法をネズミたち目掛けて撃ち始める。
「ふむ。邪魔になるのは悪いし、少し細工をするか」
そう呟くと、ジェネラスは地面に手をつき魔法を発動。
なんて事はない、魔法の素養があるならば子供でも習得可能な土の壁を右斜めに向いた物を一枚、左斜めに向いた物を一枚作り出し、真ん中を開けて配置する。
こうすることで、真ん中から少しずつヒュージラットが出てくるようにしようとした。
効果は上々。
ジェネラスの思惑通り壁の向こうで爆発や雷撃に巻き込まれ、弱ったヒュージラットが逃げるために真ん中の空間から少しずつ這い出してきた。
「な、なるほど! アレで効果的にネズミたちを処理する算段か!」
「初歩的な魔法で効率良くか! 流石だなあオーナーは」
何もしていないのに何故か株が上がっているとは知らず、ジェネラスはヒュージラットとティエスの戦闘を見ながら自らも弱って出てきたヒュージラットを易々と倒していく。
「敵をよく見るんだ。肉を切るのではなく、骨を断つつもりで剣は振れ(って知り合いがよく言ってたなあ)」
「は、はい!」
ジェネラスの言葉に返事をし、ティエスは構えた剣を振る。
その剣は弱っているヒュージラットの喉を切り裂き絶命。
ティエスの初戦果となった。
しかし。
「止まるなティエス! 来るぞ!」
「ッツ、このお!」
初めて魔物を倒し、興奮したか、手に持っている返り血の付着した剣を眺めていたティエスにヒュージラットが飛び掛かった。
それをティエスは左手の義手にて防ぐ。
噛み付かれて破れる左腕の衣服の袖。
しかし、その下から現れた白磁の鎧ような義手は鉄をも噛み裂くヒュージラットの前歯ですら傷一つ付いていなかった。
ティエスはそんな左手の義手に噛み付いたヒュージラットの喉元に逆手に持ち替えた剣を突き刺す。
「油断したな」
「あ、あの私。申し訳、ありませんお父様」
「お前が無事なら良い。無理はするなよ(焦った〜。良かった無事でえ)」
(醜態を晒してしまった。そうだ、油断してはいけない。私はこれからお父様の力になるんだから)
ジェネラスの言葉に気を取り直し、再び壁の間から現れたヒュージラットたちに、ティエスは今度は剣ではなく、左手の義手の手の平を開いて翳した。
「魔法か。見せてもらうとしよう(日常生活でも点火とかは使えてたし、プリメラが色々教えてたからなあ。どんな魔法を使うのか)」
ジェネラスの期待に応えるために、ティエスは手の平の赤い魔石に魔力を込めていく。
使用するのは火属性魔法でも火球とは違い、貫通力に優れる熱線。
それを、ティエスは目の前のヒュージラット目掛けて放った。
放ったのだが、それはティエスが発動させようとしていた魔法とは大きくかけ離れていた。
ティエスの義手に使用されている魔力伝達率が異常に良く、更には増幅効果まであるアルティニウムという金属は、ティエスが大気から取り入れ、体内で練った魔力を鼠算式に増幅させると、赤い幾何学模様を肩から指先に向かって義手に刻んでいく。
そして、ティエスが発動させようとした熱線の何倍もある、大人を軽く数人飲み込めるほどの極太の熱線を放出。
ジェネラスが作った壁ごとネズミたちを消し飛ばし、直撃を免れたネズミたちも熱で燃え、更にはその射線上にあった森すらも抉り取るように燃やし溶かしてしまった。
そのあまりの威力の反動で尻餅を付き、驚いて目を丸くして茫然とするティエス。
その横で、ジェネラスは冷や汗なのか脂汗なのか、噴き出した汗を拭いながら、目を疑う光景に引きつった笑みを浮かべていた。
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