第36話 セグンの友人宅訪問

 ジェネラスたちが砦から出て荒野を進んでいる頃。

 セグンはというと赤い髪をなびかせ、同じ色の尻尾を振りながら、山道を歩くでなく走るでなく、崖に近い山肌を、跳ぶように登っていた。


「よっ、ほっ、よいしょ」


 と、おおかた崖を登るというよりは、平坦な道を走るような気楽さで出っ張った岩を蹴り、人差し指しか掛からない凹みに指を掛けて体を引き上げる。


 そして、休むことなく登り続けて頂上に辿り着くと、岩場に腰を下ろして汗を拭った。


「天気が良けりゃ、もっと綺麗なんだけどなあ」


 小休止がてら頭上に広がる灰色雲を眺め、肩をすくめると、伸びをして立ち上がりセグンは鼻をひくつかせて臭いをかぐ。


「住処にいるな。良かった」


 山に暮らす友人の存在を微かな匂いで感じ取り、そちらに向けてセグンは山肌を駆け出した。


 行きとは違い、なだらかな下り坂を走り、速度が乗ったセグンは足に強化魔法を掛けて勢いよく跳ぶ。

 側から見れば盛大な自害だが、セグンにとってはちょっとした準備運動みたいなものだ。


 斜面を落ちるように走り、跳んで着地してまた走る。


 それを繰り返し、登ってきた方とは逆の斜面の中腹辺りで、セグンは突き出している岩の上に着地した。


「おーい! いるかあ⁈」


 突き出した岩から斜面を見れば、一軒家なら優に入りそうな洞窟がポッカリと口を開いている。

 その洞窟に向かってセグンは声を上げたのだ。


 その声に答えるように、洞窟から突風が吹く。


 それに続いて年配の女性の声が響いた。


「なんだ。お嬢ちゃんか。随分と久しぶりじゃないかね」


「仕事で近くまで来たんだ。ちょっと力を貸して欲しいんだけどさ」


「珍しく尋ねて来たと思ったら仕事か。なんだい? 力を貸せって」


 暗い洞窟の奥から響く声は間違いなく人間の女性の物だが、聞こえてくる息遣いは人のそれではなく、猛獣の唸り声に近い。

 その唸り声の主が少しずつ洞窟から出てきているのが、近づいてくる息遣いで分かった。


「俺いま、カルディナに肩入れしてるんだけどさあ。北から敵が侵入したみたいでよ。お前のテリトリー内でもあるし、ちょっとその侵入者を探すのを手伝ってもらいたくてな」


「北からの侵入者? デカい国が北にあるのは知ってるが、そこの連中かね」


「それを探してんの。また今度いい肉もってくるからさあ」


瑣末さまつなことだ。別にかまやあしないよ。昔みたいにお前さんに暴れられるほうが迷惑だ」


 洞窟から響く足音。

 その暗闇に猫のような縦長の瞳を持った金色の双眸が怪しく光る。

 

「敵の数は正直分かんねえ。それとは別に四人で一緒に行動してる人たちがいるんだけど、俺の家族なんだ。仲間たちにはその四人は襲わないように言ってくれ」


「仲間? この辺りにいる奴は全部私の手下だよ」


 セグンに答えた洞窟内の影に潜む主は、言葉のあとに魔法を発動。

 空を覆う雲に水滴を落としたように虹色がかった魔力の波を発生させて広げると、続いて口を大きく開き、獅子さながら、いや、もっと凶悪そうな咆哮を吐き出した。


 その咆哮は山を揺らしていると錯覚させるほどで、実際にセグンの足元の小石や瓦礫はカタカタと音を立てて揺れ、洞窟の天井や壁からも脆い石塊は剥がれて落ちる。


 すると、しばらくもしないうちに、どこいにいたのか、鳥型の魔物のけたたましい羽ばたきと、騒々しい鳴き声が山中から響いた。


「使いを出した。じきに荒野の魔物たちにも伝わるだろう。さて、お前さん、家族が来ているとか言ったね?」


「ああ。親父と姉貴、弟と妹で仕事に来たんだ」


「ふん。ピクニックでもあるまいに。まあ良い、私を力で負かしたお前の家族の顔、少し拝ませてもらおうか」


「親父に喧嘩売るなよ? 俺でも勝てねえんだから」


「ほう。俄然興味が湧いたぞ。久方ぶりに私の背に乗せてやろう。一気に降りるぞ」


「お、やりぃ。そんじゃあ頼むわ」


 洞窟の闇の中から聞こえた言葉に喜んで、セグンは臆するどころか、仲の良い友達の家に招かれたままのテンションで灯ひとつない山間の大穴の中に足を踏み入れる。


 そして、セグンが首元に飛び乗ると、その友人はそまま洞窟から四つ脚で走って飛び出し、背中の二枚の翼を広げ、大空にその白磁のように輝く鱗に覆われた巨大な体躯を晒した。


「しっかり捕まっていろよ?」 


「任せろよ。俺だぜ?」


 友人の言葉より先に強化魔法を使い、飛び出した甲殻の突起部分を操縦桿よろしく握るセグン。

 そんなセグンに、友人は口を開いてため息混じりに火球を吐いた。


「ふん。可愛げのない。そんな事では嫁の貰い手もないのだろうな」


「いや。お前だけには言われたかねえよ」


「我らの種族は完成された生命だ。つがいなどいらん」


「そうかねえ。家族はいた方がいいと俺は思うけどなあ」

 

 曇天の下、友人の首に跨ったセグンは父ジェネラスや長兄のセロ、長女のプリメラ今まで会ってきた弟や妹を思い出す。

 そんな中で、最後に自分を甘やかしてくれる末妹ティエスの顔を思い出して、セグンは口元を綻ばせたのだった。

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