第37話 荒野に響く声
セグンが山にある友人宅を訪れてすぐのこと。
あと少しで目的地というところまで来たジェネラスたちの目にも、上空の雲に虹が這うように広がる現象が確認できた。
その様子を眺め、騎竜の足を止めたジェネラスとティエスは「ん? なんだ?」「綺麗ですねえ」と呑気に空を見上げているが、その現象に一人、魔法に精通しているプリメラだけが戦慄していた。
「なにこの魔力の塊。どこから」
「私も見たのは初めてですが、砦の守備隊からは何度か報告が上がっています。近場の部族の伝承にもあるのですが、山の主が獲物を探すために動き出す時、空に虹が広がる、と」
「山の主?」
「正体は不明です。大型の鳥の魔物という者や、鳥の頭に獅子の体を持つグリフォンだという者、知能の高いワイバーンだったという者もいて。先に言った部族の伝承だとドラゴンだと言い伝えられてもいるようです」
空を見上げて唖然としているプリメラに騎竜に乗ったまま近寄り、クイントは声を掛ける。
そして、父や姉、妹同様、空を見上げてその美しさにしばらく目を奪われていた。
「お父様、この現象、セグンが関わっていると思いますか?」
「その言い方、プリメラは関わっていると思っているようだが?」
「ええまあ。別行動していますし、タイミングが良過ぎると思いまして」
「魔物の友人に話をつけるとも言っていたしな。存外、その友人とやらが伝承の魔物とやらなのかもしれんな(流石にそんな化け物みたいに語られる魔物と友人関係にあるとは思えんが)」
プリメラの言葉を口に出して否定する事はせず、心の内に留めて辺りの魔物たちに動きがないかと周囲を見渡すジェネラス。
どうやら魔物たちにとっても雲を這うように広がっていった虹は恐怖の対象であるようで、その虹を見たトカゲ型の魔物は慌てて岩陰に隠れ、狼型の魔物は耳を垂らし、尻尾を巻いてその場に伏せる姿が確認できた。
「魔物たちにとっても、何か恐ろしいことが起こる前触れであることには違いないようだな。丁度いい、もう少しで目的地だ。一気に駆けるぞ」
その言葉に頷き、クイントが再びジェネラスの前に出る。
そして、騎竜を走らせようとした瞬間、空を様々な鳥型の魔物たちが通り過ぎていった。
「さっきの虹はどうか分からんが、セグンが何かしたのは間違いなさそうだ。もしかしたら、侵入者はすぐに見つかるかもしれんな」
「怪物女王、なんて呼ばれているだけありますね」
「ユニオンのお偉方には困ったものだ。まったく、娘に物騒な二つ名を付けおって」
不満を呟くジェネラスを背に苦笑を浮かべたクイントは、騎竜の横腹を蹴って移動を開始。
その様子を、ジェネラスたちの進行方向にある高台の岩陰から覗きこんでいる人影があった。
砦から出てすぐのジェネラスたちを捕捉した男たちではないが、被っているボロ布は似たような物だった。
「報告にあった傭兵四人が真っ直ぐこちらに向かっている。隊の位置がバレているとしか思えない。仕掛けるなら今のうちだが」
通信魔法で状況を報告する迷彩用のボロ布を被った男。
その男に通信先の相手からは「やむを得ん、仕掛けろ、進路を変えるだけでもいい」と言われ、ボロ布を被った男は通信魔法を解除すると、舌打ちして立ち上がった。
そんな男に、ジェネラスたちを遠見の魔法で捉えていた別の男が「どうした?」と声を掛ける。
「仕掛けろだとさ。全く、こっちは二人だぞ。しかも偵察だ、碌な装備もねえってのに」
「仕方あるまい。命令だ、行くぞ」
そう言って、遠見の魔法を解除して、二人揃って高台から降りたのだが、気配遮断の魔法を使っているはずの男二人を、岩陰から現れたムカデ型の魔物が取り囲んだ。
「な、なんだコイツらどこから沸いた」
「あ、慌てるな。気配遮断は発動している。こちらには気付いていないはずだ」
「いや、でもコイツら、間違いなく俺たちを見て——」
ムカデの出現に怯えていた男の言葉はそこで途切れた。
降りてきた高台の壁に、いつの間にか張り付いていた人の倍はある大きさの、サソリ型の魔物の尻尾の巨大な針、というよりはもはや杭で脳天を貫かれたのだ。
「な、なんで、こいつ。うわ、うわぁああ!」
仲間から吹き出した血飛沫を浴び、恐怖で震えながら通信魔法で仲間たちに状況を伝えようとしたが、ムカデたちに巻き付かれ、仲間の男を殺したサソリが顔を近付けてきた事で、悲鳴を上げる。
その悲鳴を合図にするように、サソリの魔物は自慢のハサミで男を串刺しにし、ムカデと共に昼食をとることにした。
この時の悲鳴と断末魔の叫び声が、男の仲間たちに繋がってしまった通信魔法で聞こえ、待機していた仲間たちは騒然とする。
そんな事が起こっているとは知らず、ジェネラスたちは目的地の手前のちょっとした窪地に到着。
騎竜を止めておくにはちょうど良いと、餌と水を入れる容器を荷物から取り出して中味を入れて地面に置き、プリメラに結界を張ってもらったあと、自分たちは装備を手に、予定地点まで歩き始めた。
「父上。先ほど悲鳴のうなものが聞こえませんでしたか?」
「そうか? 鳥の鳴き声だと思うが。しかし警戒するに越した事はないな、みんな足元に気をつけてな」
「気の所為なら、良いのですが」
振り返って意見を求めたクイントはジェネラスの答えに眉を潜める。
しかし、正確な答えが分かるわけもないので、クイントは気をとりなおし、父や姉、妹を先導するために前を向き、歩き始めた。
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