第38話 侵入者たち

 当初到達する予定地点付近に到着したジェネラスたち。

 騎竜を結界で守り装備以外の荷物を置いて、予定地点まで徒歩で向かう。

 この際に、四人は妙に周囲が静かなことに気が付いた。


「魔物の気配が、なくなったな」


「やはりセグン姉様が何かしたのでしょう」


「そうだな。さて、この先の高台から何か見えるかな?」


 そんな話をしながら自然に出来た坂道を上っていくと、途中からなにやら争うような声と金属が何かにぶつかるような音が響いてきた。


 その声や音に、ジェネラスやプリメラ、クイント、ティエスは同時に足を止める。


「戦闘音? 父上の見立てが当たったようですね」


「なんのヒントも無いのに敵の潜伏先を割り出すなんて」


 こちらの声が聞こえるはずもないのに小声になるクイントとプリメラ。

 その間に挟まれ、羨望の眼差しを向けられたジェネラスは肩をすくめて「悪い勘ばかり当たってしまうな」と苦笑した。


(はあ〜。なんでここにいるんだ? 逃げるにしても攻めるにしても中途半端だろ。こんな場所。いや待てよ? もしかしたらクイントが言っていた部族の人間という可能性もあるんじゃないか?)


 と、そんな考えに至ったので、とりあえず確認はせねばなるまいと再び歩き始めた。


 そして上り切った高台から見下ろした平地に、ジェネラスたちは帝国軍の軍服を着用した軍人たちや、明らかに装備の意匠が違う、恐らく帝国に雇われたであろう傭兵たちが荒野を住処にしている魔物たちと戦闘しているのを確認する事になった。


 既に戦死者も出ている事が遠巻きにも分かるほどには戦場は悲惨な様相だ。


(うっわ〜。ひでぇ、まあでもこれなら俺たちが何かしなくても全滅するんじゃないか? そうれならそうで万々歳だし、放置でいいか)


 そう考えたジェネラスだが、こちらに魔物たちが来ない保証もないので背中に担いでいたグレイブだけは手に持ったまま、もう少し良く様子を見ようと高台の縁に近付いていく。


 その後ろに子供たちも続いた。


「多種多様な魔物たちがこうも連携して迎撃に当たるとは」


「しかしセグンはおらんな。もしかしたら魔物たちと暴れているかと思ったが」


 他人事だからと帝国兵たちが死んでいく眼下の地獄を眺め、観戦するジェネラスの後ろで、プリメラが魔力感知を使用するが、百を超える軍人と魔物たちが入り乱れる戦場では個人の特定は簡単にはいかない。

 

 しかし、セグンを見つけることは出来なかったが、プリメラはつい先日まで解析していた、召喚石の魔力と似たような波長を持つ力が帝国軍陣営の真ん中で集まっていくのを確認した。


「お父様、帝国軍に動きあり、何かを召喚しようとしています」


「何? どこだ」


 ジェネラスの疑問に答えるべく、プリメラは両手で握っていた長杖から片手を離すと帝国軍陣営の真ん中、人が集まっている一点を指差した。


 その時だった。


 帝国軍人の一人が視界の隅にジェネラスたちを捉えて「敵だ! 報告にあった傭兵!」と、仲間たちの肉の壁に守られながら叫んだ。


 その声に、陣地の中央でまだ戦闘していなかった軍人や傭兵たちが視線を向ける。


「む、バレたか」


 敵の声はジェネラスたちにも聞こえていた。

 弓にしても魔法にしても撃たれたところで直撃は難しい距離だ。


 とはいえ下手な魔法も数撃ちゃ当たる。


 味方の兵たちが魔物たちの壁になっている内側で、魔法を主軸に戦う法撃隊が、一斉にジェネラスたちが立つ高台に杖を向けた。


 しかし、杖から魔法が放たれることはなかった。

 寸前で、ジェネラスたちの真後ろに巨大な翼を持つ四つ脚のドラゴンが舞い降り、地面を揺らしたのだ。


「親父い! お待たせえ! 友達連れてきたぜ!」


 この世界において最強の生物の一角を担うドラゴン。

 御伽話や絵本、小説などの創作物に現れる存在がそこに現れ、目をひん剥かんばかりに驚いたのはもちろん帝国の軍人や傭兵たちだが、それはジェネラスたちも同じだった。


 首元からセグンが顔を覗かせて手を振って来なければ即時戦闘となっていただろう。

 例え勝てなくとも。


 しかし、ジェネラスはこの時、心臓が張り裂けそうな勢いで動いているのを子供たちに悟られたくなくて、子供たちの前では気丈に振る舞いたくて、全力で動じていない振りをしていた。


「(ええ。こっわ。いやいや何? ドラゴンじゃねえか、聞いてねえよ。うちの子マジでこんな化け物と友達なの?)すまんな。名も知らない気高き龍よ。うちの子が世話になったようだ」


 本来なら平身低頭、なんなら土下座で挑むべき神話生物を前に、無理してニヤッと笑い、ジェネラスは子供たちに萎縮している事を隠すため、ゆっくりとドラゴンに背を向けた。


 その光景が、敵からはジェネラスがドラゴンを率いているように見えていたなどと当の本人には知る由もない。


「報告にあったカルディナの傭兵。皇帝陛下が欲しがっているだけはあるということか、まさか、あんな化け物を飼い慣らしているとは! やむを得んアレを使うぞ! このままではどの道全滅だ! 目にもの見せてやれ!」


 最悪の光景に、帝国陣営内で指揮官らしき男が声を張り上げた。

 それを合図にするように、戦っている軍人たちの足元に巨大な魔法陣が広がり、光を放つ。


 その光から、二階建て家屋二軒分ほどの体高を持つ硬い甲殻に覆われた、翼を持たない鈍重そうな四つ脚の竜が現れ、足元の魔物たちを味方の軍人ごと踏み潰していった。


 それもこの場所だけではない。

 ほとんど同時に、この場所を含めて離れた位置、三カ所からその竜が現れたのが高台に立つジェネラスたちから確認できた。


「そうか。コイツらの狙いはアルマデュラ砦だったわけだ」


「地竜ギガンドロス。こんなヤツを飼い慣らしていたなんて」


「あくまで憶測だが、本来ならもう少し砦に接近してから召喚する予定だったのかもしれん。街潰しとも言われるコイツら三体同時に相手をしながらでは砦も防衛どころではないからな」


 後ろから感じるドラゴンからの威圧感に冷や汗を流しながらジェネラスは平静を装い、状況整理をしている振りをする。

 

 そんなジェネラスに知らない年配女性の声が響いた。

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