第39話 地竜討伐戦
「私を背に雑談とは、随分と肝がすわっているじゃないか坊や」
ジェネラスたちの耳に響いた知らない女性の声。
その声がセグンを乗せてきたドラゴンから出ていることは
子供たちが驚いて振り返るが、ジェネラスはすぐには振り返らなかった。
怒らせてしまったかもしれないと、一瞬凍りついてしまったのだ。
しかし、振り返らなければそれはそれで機嫌を悪くするかもしれない。
というわけで、流石に生物として、人間などとは隔絶した力を持つドラゴンをこれ以上怒らせるわけにはいかないと思い、ジェネラスは愛想笑いを浮かべながら振り返った。
「ご覧の通りの状況なんでね。直ぐに対応せねばならん。ひとまず、娘の友人である
そう言って、
その動きで、跨っていたセグンは振り落とされそうになって友人の首にしがみついた。
「はっはっは! この私を差し置いて仕事を優先するか。面白い人間だ。まあ良かろう、私の庭に沸いた害虫を処理してくれるというんだからな」
笑ったドラゴンは確かに人語を解し、話しているが、口元の動きは
そもそも体の構造が違うのだ、本来なら話せるわけもないのだが、ドラゴンはそれを魔法で補い、思考を魔力に乗せて意思疎通を行っていた。
「では共闘といこう。現れた地龍は三体、目の前のコイツと東西に現れた二体だ。そのどれかを仕留めてもらいたい」
相手が神話生物とはいえ、娘を背中に乗せて現れた存在だ。
ジェネラスは内心で恐々としながらも、出来るだけいつもの調子でドラゴンに交渉を持ちかける。
そんな時だった。
近々に現れた地竜が、ドラゴンという上位存在への恐怖から、威嚇のために咆哮を吐き出した。
しかし、そんな地龍に対して咆哮を返したドラゴンの威圧感に、地竜はその大きな体を強張らせ一歩後退、足元の帝国軍や傭兵、魔物たちを踏み潰して被害を拡大させる。
「肉だ」
「何?」
「美味い肉を用意しろ。仕事をしてやるのだ、報酬は貰ってしかるべきだと思うが?」
「俺たちを食わないでくれるなら、美味い肉をご馳走するが」
「うむ。交渉成立だ、では私は東の一体をヤる。コイツと一緒にな」
そう言ってドラゴンは地面に着地させていた片手をあげて、自分の首を指差した。
「父上、この方が味方して下さるのはありがたいのですが、援軍を呼んだほうが——」
「今から援軍を呼びに行ったところで即応は難しいだろう。砦からもこの状況は見えているはず。なんとか俺たちでコイツらを足止めするんだ(援軍が来ないならその時は逃げるしかないが、最悪このドラゴンが仕留めてくれるだろ)」
「承知しました。では、この地竜は私にお任せください」
「一人でどうにかするつもりか?」
流石に無理じゃないか? と、息子の実力を否定するようなことはせず、ジェネラスはセグンを乗せて飛び立ったドラゴンを見上げる。
「魔眼の力、ご覧にいれます。しかし、未だ未熟ゆえ、使用後はしばらく戦闘には参加出来ません」
「危険はないのか?」
「私の騎竜と、騎竜のところにある姉上の結界を残して行っていただければ」
「分かった。ならば西に出現した地竜の相手は私たちがしよう。相手が相手だ、無理だと判断したら逃げろ、いいな?」
「了解です父上。そちらもご健闘を」
クイントの言葉に頷き、ジェネラスはプリメラとティエスを引き連れて騎竜を停めている場所へと歩き始めた。
その後方で、クイントは長い前髪をかき揚げ、右目の魔眼を発動させる。
「では、始めさせてもらうとしよう。すまんな、貴殿らの命、全て貰い受ける」
高台から飛び降り、帝国兵や帝国の傭兵、魔物たちの死体が転がる地獄に降り立ち、クイントは自慢の愛刀の柄に手を掛けた。
そしてジェネラスたちが騎竜に跨り、西へと向かうために手綱を握った瞬間。
クイントの魔力が一気に噴き出したのを感じた直後、地竜の痛々しい叫び声と、重厚な金属の鉄板同士が擦れるような不快な音と地響きがジェネラスたちの耳に聞こえてきた。
「なんだ? 爆炎魔法か?」
「魔力の放熱現象が確認出来ませんので、恐らく違うかと、しかし、とんでもない魔力量です。確かに身内に向けるような物ではありませんね」
「うむ。とにかくコレならクイントは問題なさそうだ。俺たちは俺たちの仕事をするぞ」
「はいお父様」
息子を信頼し、この場を任せ、ジェネラスは騎竜の腹を蹴って駆けさせる。
そして、悪路を出来るだけ一直線で走らせ、しばらくすると、ジェネラスたちの背後で立ち上がった前脚二本が切り落とされて無くなっている地竜が、再び聞こえてきた轟音と共に縦に割れたのが、肩越しに振り返った視線の先で確認出来た。
「斬ったのか。あの巨体を」
「強くなりましたね、クイントも」
「ああ。素晴らしい力だ。羨ましいよ」
二枚におろされ、倒れていく地竜の音を聞きながら、ジェネラスは息子の成長に喜び微笑む。
しかし、自分にはそんな力も才能もない。
ジェネラスは地竜をどうやって足止めしようかと悩みながら騎竜を走らせたのだった。
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