第35話 荒野にて

 ジェネラスたちが砦から出現した早朝。

 その姿を遠方の岩陰から遠見の魔法で覗く人影があった。


「砦から誰か出てきたぞ。数は四。武装している」


「偵察兵か?」


「いや、先頭の男の格好はカルディナ軍の軍服に近いが、装備が全く違う。後ろ三人に至っては間違いなく傭兵だろう。男二人に女二人の編成だ」


「雇われの傭兵か。一応報告しておくかねえ」


 荒野の岩肌の色に近いボロを纏った二人の男のうち、一人がそう言って通信魔法を発動。どこかに連絡をとる。

 

 その横で伏せ、四人の様子を伺っていた男がジェネラスに視点を合わせた瞬間、男とジェネラスの目が合った。

 

「おい嘘だろ」


「どうした」


「バレた」


「は? 冗談言ってんなよ。何キロ離れてると思ってんだ。念の為にって気配遮断まで使ってやっただろ」


「間違いねえ。こっちを見てる。白髪混じりの長めの黒髪を後ろで結った男だ。歳は俺らよりちょい上くらいに見えるな。四十代くらいか」


「手練れか。面倒なのがいるな」


「あの顔、どこかで」


「おいおい。ネームドの傭兵か?」


 遠見の魔法で四人を監視していた男が、目が合っているジェネラスの顔を思い出そうと思考を巡らせていると、そのジェネラスがニヤッと不敵に笑い、姿を消した。

 四人ともに岩陰に隠れて姿を追えなくなったのだ。

 

「思い出した。あの顔、ジェネラスとかいう傭兵だ」


「賞金首のジェネラスか? 生捕りで連れていけば金貨千枚っていう」


「間違いねえ。手配書の顔だった」


「そいつは良い。ボスに連絡いれとくわ」


「分かった。俺は交代までまだ時間があるから砦の監視を継続する」

 

 そう言うと、岩場に伏せていた男は遠見の魔法で再び山間部のアルマドゥラ砦の監視を始める。

 

 この男の存在を、砦から出た直後のジェネラスが感じ取っていたかというと、そういうわけではない。

 砦から渓谷を抜け、荒野に出たジェネラスは草木の少ない岩だらけの景色を眺めていただけだ。


 その先にこちらを監視している者がいるとも知らず。


(なんもねえなあこの辺。セグンはここにも魔物の友達がいると言っていたが、はて? 荒野に生息しているとなるとトカゲの類か? ロックウルフなんかもいるとは思うが。大型の鳥類型なんかだったら便利なんだが)


 そんな事を考えながら、セグンが鳥型の魔物に乗っている姿を想像し、ジェネラスは口元に笑みを浮かべる。

 その様子を、ジェネラスたちを監視していた男は見ていたわけだ。


「プリメラ。魔力感知で何か引っかからないか?」


「周辺に魔物らしき反応はありますが、人の気配はありませんお父様」


「流石にまだこんな場所までは来ていないか。プリメラ、疲れたらすぐに言えよ?」


「今の私なら一日中だって魔力感知を行えます。ご安心ください」


「無理はするなよ」


「はい、お父様」


 プリメラへの通信魔法を一旦切り、騎竜を走らせながら岩の隙間を縫うように移動していくジェネラスたち。

 そんなジェネラスたちを岩肌の隙間や段差の上からトカゲ型の魔物やサソリ型の魔物が眺める。

 しかし、それらが襲ってくる様子は全くない。


 姿は見せているが騎竜自体が魔物たちにとっては脅威になる故に警戒しているのだ。

 

 ジェネラスの後ろを走り、魔物たちを眺めているティエス。

 その耳元に小さな魔法陣が現れ、そこからジェネラスの声が聞こえた。


「ティエス。腕の調子はどうだ」


「問題ありません、お父様」


「こうして走っているうちは魔物たちは襲ってこないから安心しなさい。まあ、大型の個体はその限りではないが」


「予想以上に魔物がいますね」


「確かに。住み良い土地には見えんのだがな」


 仄かに緊張しているティエスの気配を背中に感じ、その緊張を解してやろうと、ジェネラスはティエスに通信魔法で話しかけた。

 

 その甲斐あって、ティエスはいつもの調子を取り戻す。


「広い土地での探し物だ。そうそう簡単には見つからん。気を張りすぎるなよ」


「了解ですお父様」


 時折子供たちに声を掛け、変わり映えしない岩肌を眺めながら騎竜を走らせるジェネラスは、地図で印をつけた場所までは半日ほど掛かることから、半ばほどまで進んだ辺りで、休憩を提案。

 

 木のように地面から生える岩の柱が乱立する場所で騎竜を止めた。


「面白い場所だな。岩で出来た森みたいだ」


 一本の岩の柱の前、騎竜に跨ったまま、周囲を見回してジェネラスが呟く。

 その呟きに、騎竜から降りたクイントが振り返って答えた。


「遥か昔はこの辺りは海だったらしいです。もしかしたら潮の流れが作った地形なのかも知れませんね」


「詳しいじゃないかクイント」


「歴史書からの受け売りですよ」


 父の言葉に苦笑を浮かべ、クイントは首を横に振る。


「任務でなければゆっくりと観光したいところだが、そういうわけにもいかんか。騎竜に水をやってしばらく休憩したら出発だ。昼までには目的地に到着したい」


「承知しております。セグン姉様から連絡はありましたか?」


「まだだ。まあ心配はいらんだろ。そのうち合流するさ」


 騎竜から降りると、空中に魔法で人の頭ほどの大きさの水の球を作り出しその水を騎竜の口元に移動させるジェネラスたち。

 その水を騎竜たちは美味しそうに舐めたり、口先を突っ込んで飲んだりしている。


「魔物たちが襲ってきませんね」


 自分の騎竜に水をやり終えたプリメラとティエスがジェネラスの所へやってきた。

 周囲に目をやり、辺りを見渡すが、ここにいる魔物たちも四人に襲い掛かってくることはない。

 

 温厚なわけではないのだろう。

 その事を証明するように、魔物の近くには何かの骨らしきものが寂しげに横たわっていた。


「案外、侵入者たちは魔物に襲われて死んでるかもな」


「それならそれで、遺体を確認しなければならない手間が増えますね」


「それはそれで面倒くさいな」


 そんな話をしながらしばらく休息をとり、四人は再び騎竜に跨る。

 そして、目的地に設定した場所へと、クイントの先導で向かって行くのだった。

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