第30話 アルマドゥラ砦での再会
ジェネラスたちがエレフセリアの街を発って丸一日と少し。
馬の最高速度よりも、やや速い騎竜たちの走る速度で、休憩を挟みつつも街道を北進していたジェネラスたちは山間部の砦、アルマドゥラ砦に到着。
夕日が落ちかけ、オレンジと紫のグラデーションに染まった空が不気味に山間部の谷を見下ろしている。
「依頼を受けたジェネラスだ」
「あなたがあの方が仰っていた傭兵か。すまない、依頼書を拝見したいのだが」
ジェネラスだけが騎竜から降りて、砦の門番の一人と言葉を交わす。
この時、ジェネラスは要請通りに依頼書をコートの内ポケットから出しながら、門番が言っていた"あの方"とやらについて考えていた。
(正規軍が傭兵に対して随分とへりくだった物言いだな。誰だ俺を巻き込んだのは。国に顔が効くような傭兵に知り合いなんていたか?)
何名か、それらしい顔見知りくらいの傭兵たちの顔が浮かぶが、その誰もがジェネラスとは商売敵でもある。
ライバルともいえる立場の傭兵たちが自分を呼ぶとは考えにくく、ジェネラスの頭の中には疑問符ばかりが泡のように浮かんでは消えていった。
「確認しました。こちらへ、騎竜はお預かりします。今夜は砦でお休みください」
「すまんな」
手をかざし、低級鑑定魔法を使用して依頼書の確認をした門番の言葉に答え、振り返って頷くジェネラス。
そんなジェネラスの姿を見て、娘たちも騎竜から降りてくると、プリメラとティエスは門番たちに頭を下げた。
可憐な娘たちだ。
頭を下げられた門番たちは頬を赤らめ、気を良くして笑顔を浮かべる。
「あの、こちらのお嬢さま方は」
「俺の娘だよ、三人とも腕が立つ、まあ、一人はまだ養成中だがね」
「そ、そうですか。申し訳ありません藪から棒に」
隣に立ったティエスの肩に手を置くと、ジェネラスは案内役をかって出た門番に続いて歩き出した。
その後ろをティエスたちも武器だけ持ってついて行く。
石材を重ねて作られた重厚で、堅牢そうな砦の内部は飾り気など一切なく。
壁に嵌め込まれた光る魔石が仄かに光って廃城を模したダンジョンのようにも見える。
階段を上り、廊下を歩き、また別の階段で上階に向かっていくジェネラスたち。
すると、ジェネラスたちを案内していた門番がある一室の前で止まった。
木で作られた扉を二度ノックして「到着なさいました、ジェネラス様ご本人です」と、扉の向こうにいるのであろう人物に声を掛ける。
すると、扉が開いて中から一人の青年が顔を覗かせ、ジェネラスを一瞥すると扉を開け放って姿を現した。
全体的には短い黒髪だが、右目だけが長い前髪で隠れている。
身長は高くてジェネラスとほぼ同じだが、細身で、一見すれば病弱そうにも見えるが、その服の下に筋肉が備えられているのは身体の割に太い首元から予想出来た。
「父上。お久しぶりです」
「クイント⁉︎ お前クイントか! はっはっは! いやあ見違えたなあ。いつ以来だ? 今まで何してたんだお前!」
クイント。
ジェネラスがクアルタの次に育てた、当時まだ幼かった奴隷の少年だ。
独り立ちしたあと右目を失う大怪我をして帰還し、魔眼使いの話を聞かせた翌日、行方をくらませた息子との突然の再会に、ジェネラスは嬉しくなって笑顔を浮かべ、ハグをした。
「今まで連絡もしなくて申し訳ありませんでした。アレから色々あったもので」
「構うものかよ。生きていてくれて、良かった」
以前拠点にしていた街で唯一手紙を送って来なかった息子のクイント。
のたれ死んだか戦死したか、いつしか諦めに近い感情を小さく持つようになっていた息子と五体満足で再会したジェネラスは胸にくるものを感じながらハグを解くと目頭を抑えた。
「いかんな。歳を取ると、どうも涙脆くなる」
「まだまだお若いのに何を言っておられるのですか父上。お疲れでしょう、立ち話もなんですからお入りください」
そう言って、クイントは部屋の扉の近くに行くと門番に「案内ご苦労さま、あとはこちらで話を進めます」と手を上げて礼を言うと扉を開いてジェネラスや姉たちを招いた。
「クイント、私たちのこと覚えてる? ちゃんと話してもらいますよ、今までのこと」
「もちろんですプリメラ姉様、セグン姉様」
「生きてたのかヒョロガリ。随分鍛えたみたいじゃん」
「鍛練は、してきましたからね」
開け放たれた扉から部屋に入っていくジェネラス、プリメラ、セグン。
最後にティエスが深々と頭を下げると「は、初めまして、ティエスと言います。新参者ですが、よろしくお願いします」と挨拶をして姉二人のあとに続いて行った。
「随分と立派な部屋だな。ソファにベッドに、士官の休憩室みたいじゃないか」
「父上から魔眼の話を聞いて、王都に行ったんです。情報を集めるなら人が多い場所がいいと、父上から教わっていたので」
部屋の真ん中、絨毯が敷かれた上に置かれたソファに手を差し出し、座るように促しながらクイントは家を出てからの話を始めた。
「運が良かったんでしょうね。尋ねた王都で父上の名を知っている魔眼使いに会えまして。弟子にしてもらって、この眼を頂きました」
そう言いながら、クイントは右目だけに掛かった長い前髪を掻き上げ、隠れている右目を晒した。
魔法陣の刻まれた空色の目だった。
「魔眼使いに、なったのか」
「魔眼も使えるようになったが、正しいですね。私は剣を手放した事はありません」
「アイツにはいつか会って礼を言わんとな」
「師匠はあまり会いたくは無いようでしたけどね『酒が不味くなる』などと仰ってました。その師匠が王城に出入りしていまして。私もお供でついて行ったのですが、その際に模擬試合を騎士たちと行いまして」
「(セロほどでは無かったが、クイントも強かったからなあ善戦したか?)もしかして、騎士たちに怪我でもさせたか?」
クイントの話を聞いていたジェネラスが、苦笑いを浮かべながら茶化すが、クイントは恥ずかしそうに顔を赤らめ視線をそらしてしまう。
「傭兵稼業を馬鹿にされて、父上を侮辱されたような気がして、怒りに我を忘れて一人。あ、いえ、殺しはしませんでしたよ?」
(おっふ。やばいことしてるー)
「し、しかしその一部始終を見ていた姫さまの証言もあり、王宮で指南役をする条件で無罪放免となりました」
「よ、良かったあ」
「そ、それでですね。その時助けていただいた姫様と、その、恋仲になりまして」
「マ、マジかクイントォ! やったなあ!(逆玉の輿じゃねえか! 将来安泰だぜぇ。やったねえ)」
「継承権のない第四王女様で、側室の子ということもあって、王からも嫁にくれると」
「そうかそうかあ。色恋に全く興味なさそうだったクイントがなあ」
と、浮かれているジェネラスはまだこの時気づいていなかった。
クイントと婚約した第四王女は嫁に来るのであって、クイントが王族や貴族になるわけではない。
確かに王族とのパイプにはなるが、逆玉には程遠い状況なのだ。
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