第29話 北の山間部へ

 ある晴れた日。

 いつもとなんら変わりのない日常の風景を眺めながら、ジェネラスは普段と変わらない足取りで街の中心部に位置するユニオンに向かっていた。


 突然現在所属している王国の騎士団から指名された依頼の内容は、越境してきた帝国軍と思われる勢力への強行偵察。


 偵察とはいえ、敵勢力に攻撃を仕掛け、反撃された際に敵の動きや射撃の魔力反応などを観察することで、敵勢力を解明し、敵陣地の様子などをうかがうものだ。


 間違いなく戦闘状態には陥る。


「やれやれ。面倒なことになったもんだ」


 ジェネラスは髪を掻き上げながら呟くと、訪れたユニオンの出入り口の扉を開いた。


「来たかオーナー。早いじゃないか」


「おや、ユニオンマスター直々にお迎えとは」


「今回の依頼は国からの依頼だからな。裏は取っておいた、罠や詐欺などではないよ。それを教えておこうと思ってな」


「っち。罠や詐欺の方がまだ楽に潰せたろうにな」


 黒いスーツを着た、白髪の、老紳士を絵に描いたような傭兵組合ユニオンの長の言葉に、不平不満を隠す様子もなく舌打ちしたジェネラス。


 その二人のやり取りが、様子を遠巻きに眺めていた他の若い傭兵たちや、横を通り過ぎた傭兵には喧嘩をしているように見えていた。


「おい、オーナーめっちゃ怒ってるぜ? なんかあったのか?」


「さっき聞いた話なんだが、なんでもヤバい依頼を任されたらしいぜ?」


「マスターが任せるってよっぽどだな」


「最近帝国軍の動きが活発になってきてるらしいって噂もある。それ絡みかもなあ」


「うへぇ。帝国相手じゃ流石にオーナーもゴネるって事か」


「いや、そうでも無いみてえだぜ?」


 噂話に興じながら、ジェネラスとユニオンマスターのやり取りを遠巻きに眺めていた若い傭兵たちは、不意にジェネラスが指を四本立てたのを見た。

 

 その動きに、ユニオンマスターが頷き、受付へ向かうのを見て傭兵たちは感嘆の声を漏らす。


「流石はオーナー。依頼なら内容問わずってことか。俺たちも見習わねえとな」


「だな。よし、俺たちも仕事だ!」


 若い傭兵たちのやる気に火を付けている事など知る由もなく、ジェネラスはユニオンマスターに山間部までの足である騎竜四騎を手配すると、ため息を吐きながらユニオンから外に出た。


(くっそー依頼はマジかよ〜。暗殺者とかに狙われた方がまだやり易いから、そっちの筋かと期待してユニオンマスターに聞いたのに。っかあー! 面倒くせぇ!)

 

 若い傭兵たちの印象とは裏腹に、ユニオンの門前で腕を組み、言葉には出さなかったが胸中では不平不満を叫びまくっていたジェネラスは、その人相の悪さに凄みが増す。

 子供が見れば泣き出しそうになり、不良少年たちが見れば視線を逸らして回れ右で走り去っていった。


「お父様、そんなに殺気を振り撒かないでください。通行人たちが怖がってしまいます」


 厳つい顔をして腕を組んでいたジェネラスに声を掛けたのは、妹二人を引き連れてユニオンまでやって来たプリメラだった。


 娘三人の到着に、これからの仕事に対する不満を一瞬忘れ、ジェネラスは声を掛けてきたプリメラに困ったように苦笑いを浮かべる。


「殺気なんて出してないんだがなあ」


「どうされたのですか?」


「いや、依頼の裏取をユニオンマスターがやってくれていたんだが。罠や詐欺では無いと分かってな(正直面倒でなあ、とは、娘らには言えんな)」


「なるほど(俄然やる気になったというわけね。ああ、やっぱりお父様はかっこいいなあ)」


「直ぐに騎竜が来る、それに乗って北進。まずは同行者が待つ砦に向かうぞ」


 ジェネラスの言葉に「はい」と返事を返すプリメラとティエス。

 しかし、そんな中でセグンだけは不服そうだった。


「親父ぃ。俺の足は騎竜より速いぜ? だから走っていって良いか?」


「阿呆。戦場に行く前に体力を使ってどうする、大人しく騎竜に乗れ、プリメラの後ろに縛りつけるぞ?」


「お父様⁉︎」


「悪い悪い、流石に冗談だプリメラ」


「縛るなら私を縛ってください!」


「往来で何を口走ってるんだ馬鹿タレぇ」


 とんでもないことを口走ったプリメラの頭頂に、腕組みを解いたジェネラスの手刀がお見舞いされる。

 父からの折檻に頭を抑え、何故か頬を染めるプリメラ。


(妹を庇うとは、優しくて良い姉になったなあ)


(お父様そういう趣味なのかしら。だとしても受け入れます私)


 優しく微笑みあうジェネラスとプリメラ。


 そんなやり取りを見ていたセグンとティエスが困った様子で首を傾げていると、ユニオンの建物側面の大扉が開き、厩舎から四騎、体高が馬ほどあり二足で走る、空を飛ばない小型獣脚類の竜が姿を現した。


 その四騎を二人のユニオン職員が手綱を引いてやってくる。


「お待たせしましたジェネラス様。山間部での任務ということで、持久力のある個体を用意いたしました。任務のお役に立てるかと」


「助かる。直ぐに発つよ」


「ご武運を」


「ありがとう。よし出発だ、ゴネるなよセグン」


「分かった、分かりましたよ。親父に言われちゃ仕方ねえ」


「ティエス、いけるか?」


「は、はい! 大丈夫ですお父様!」


「お父様、二人乗りで行きませんか?」


「それだと四騎手配した意味がなかろう、また今度な(たしか四つ脚の騎竜に複数人乗れる個体がいたから、次は皆でそれに乗って任務に行くか)」


「言質取りましたわよお父様!」


「お、おう(プリメラは皆で騎竜に乗りたかったのか。たまに子供っぽいことを言うなあ)」


 こうして、それぞれ騎竜に乗せられたくらに跨ると、手綱を握り、四人は街の北門目指して騎竜を走らせ始めた。


 目指すはひとまず北の山間部。

 狭い渓谷を塞ぐように建造されたアルマドゥラ砦だ。

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