第24話 調査という名のピクニック

 先日の雨が嘘のように晴れ渡った青空の下。

 昼頃までのんびりと過ごしていたジェネラスたちはユニオンから馬車を借り、いつぞやティエスが吹き飛ばした森の近くまでやって来ていた。


「ヒュージラットの大群? 変な事もあるんだなあ。確かにアイツら群れは作るけど、普通のネズミとは違って体がデカいからさあ。エサの取り分が減るからそんな何百匹もの群れは作らねえよ」


「お父様の見立てでは召喚されているようだったと」


「それならあり得るかもなあ。アイツら街の下水道なんかにもいるし、集めること自体は難しくないから」


 ジェネラスが馬車の手綱を握り(調査という名目だが、親子でピクニックというのも良いもんだなあ)と、和みつつ御者席で馬を操り、農場地帯の道を進んでいく。


 その荷台でプリメラとティエス、セグンが話をしていると、ガラガラと鳴っていた車輪の音が衝撃と共に止まる。


「ここからは歩きだ。とはいえこの前プリメラもここに来たんだろ? 何も見つからんと思うがな(地下に巣があったんだとしてもティエスの水魔法で水没して崩落してるだろうし)」


「私一人では探索するにしても限界がありますので、今日は鼻が効くセグンもいます。きっと何か見つかると思いますわ(もし召喚された痕跡が見つかれば、どこから魔法が使われたか探知出来る。帝国領からの嫌がらせならこの国も近々侵攻される可能性がある)見つからなければ、それはそれで良いんですけど」


「(まあアレだけ大量のヒュージラットが出てきた巣穴だもんなあ。崩落して地面が陥没するのは確かに危険だし)まあ確かに、後始末する必要はあるよなあ」


 呟きながら、御者席から荷台に移動して、ジェネラスは愛用の剣だけ装備すると、娘たちを引き連れて森へと向かう。


「おおすげえ。ドラゴンがブレスでも吐いたのか?」


「ティエスの魔法だ。クアルタの作った義手の力でもあるがな」


「へえ。あの機械好き、とんでもねえもん作ったんだなあ」


 一部が吹き飛んで、道が出来てしまった森を、感心しながら眺め、足を踏み入れていくセグン。

 その後ろをジェネラスが歩き、更にその後ろを恥ずかしそうに顔を赤くしたティエスがついて歩く。


 プリメラはというと、森の手前で立ち止まり、魔力感知を使用するが、先日訪れた時同様、森に潜む魔物たちの魔力や、小動物の小さな魔力まで感知してしまい、特に成果は得られないでいた。


「どうしたプリメラ」


 振り返って声を掛けてきたジェネラスに、申し訳なさそうに眉をひそめ、プリメラは横に首を振る。


「いえ、私の魔力感知では何も情報が得られなかったので」


「(まあ流石に地下の巣は魔力感知じゃなあ)気にするな。(巣があるとすれば)もう少し奥にあるはずだ」


 ジェネラスの言葉に(もしかしてお父様は既に何かを見つけている?)と勘繰りながら、静かに頷きプリメラもジェネラスたちの後に続く。


 とはいえジェネラスが何かを見つけているはずもなく。

 焼けて草一本残っていない地面を見ながら歩いていると、ジェネラスは腰を掛けるに手軽そうな岩を見つけてそこに座った。


「ここで少し休憩にしよう」


「なあ親父。ティエスと組手してもいいか?」

 

「ん? まあ構わんが、元気だなあお前は」


「この辺り拓けてて丁度いいしさあ。末妹の鍛練の手伝いってことで」


「姉がこう言っているが。ティエスはどうする?」


「構いません。むしろよろしくお願いします」


「お前も大概脳筋だな。まあ、怪我せんようにな」


 ジェネラスのその言葉に頷くと、ティエスは腰から剣を抜きつつセグンと並んで歩いていく。

 その背中を見送りながら、プリメラがジェネラスの隣に立った。


「調査は良いのですか?」


「構わないさ(ここまで歩いてきて地面の液状化も無さそうだったしなあ)」


 言いながら、ジェネラスは向き合っているセグンとティエスを眺めていた。

 

「セグン姉様、武器は使用しないのですか?」


「馬鹿言え。俺の武器は俺自身だ。心配するには十年早えよ」


「実際のところ、セグンは徒手格闘に秀でている。油断せんようにな」


 すっかり観戦する体勢になったジェネラスのその言葉にティエスが剣を構え、左手の義手の手のひらをセグンにかざす。

 

 一方で、セグンは腰を落とし地面に手をついて利き足を前に掛けて前傾の突撃姿勢を取った。


「合図は俺がしてやろう。それでは、始め」


 ジェネラスの合図で、セグンが駆け出した。

 とはいえ、ティエスからすればセグンの速度は駆け出したなどという表現は生優しいものだった。

 瞬き一つのうちに、十歩分は離れていたはずのセグンが目の前にいたのだ。


「うそ⁉︎」


「はい一本目。ほれほれ気を抜くなあ」


 突き出した拳を眼前で止め、セグンはティエスの額にデコピンを喰らわせる。

 そのデコピンの威力もそこそこで、小石でも投げつけられたような衝撃がティエスの額を襲った。


「いきます!」


 ティエスが叫んだのは忠告のためだった。

 剣を振るのではなく、近付いてきたセグンに向かって添えた左手で魔法を放つ。

 威力は最小限。

 それでも当たれば棍棒で殴られたような衝撃を放つ魔力弾。


 ほぼゼロ距離で放ったその魔力弾だったが、セグンは勘で後ろに跳んでそれを避け全くの無傷。

 

 ティエスはセグンのその一連の動きに全くついていけずに冷や汗を流す。


 しかし、ジェネラスはどちらかというとティエスに感心しているようだった。


「とんでもない実力差を見せられて、勝てないと痛感しているだろうに、戦意は衰えんか」


「お父様が選んだ娘で、私たちの妹ですからね」


「うむ。ティエスも良い傭兵になりそうだな、これなら問題なさそうだ(ちゃんと稼いでくれそうだなあ。安心安心)」


「そうですね(ティエスを帝国との戦いの切り札にするというお父様の計画。滞りは無いみたいね、また兄さんに報告しとかなきゃ)」


 ティエスとセグンの模擬戦を眺めるジェネラスとプリメラ。

 二人の口元には似たような微笑みが浮かんでいた。

 

 

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