第54話 王都散策

 クイントが手配してくれた馬車に乗り、ジェネラスたちが向かったのは朝から賑わう商業区。

 王都の商業区というだけあり、馬車や竜車の往来はもとより、歩道を歩く人々の数もジェネラスたちが暮らすエレフセリアの街とは比にならないほど多い。


 そんな商業区の一角で、ジェネラスたちを乗せた馬車は足を止めた。


「こちらが個人的におすすめ出来る店になります。パンケーキなどの他にも品揃えは豊富ですので、ご満足いただけるかと」


「ありがとう。楽しませてもらうよ」


「では我々は屋敷に戻ります。ごゆるりとお寛ぎ下さいませ」


 そう言って頭を下げて、馬車の御者を務めた男は馬車を発進させて去っていった。

 

「さて、行くかプリメラ」


「はいお父様」


 歩き出すジェネラスの横に立ち、共に歩むプリメラ。

 ちょっとは自分を意識してもらいたくて、腕を組もうかと考えるが、恋する乙女は中々行動に移せないでいた。


 しかし、横で娘がもじもじしている事に、ジェネラスが気づかないわけもなく。


「ほれ。掴まれ、行くぞ」


 と、腕を曲げてプリメラを促した。


「し、失礼します」


「なにを照れとんだお前は。昨日一緒に寝たろうが」


「それとコレはまた話が違うというか何というか」


「じゃあ止めるか?」


「いやです」


 その言葉と同時にジェネラスの腕に手をまわすプリメラ。

 そんな娘の様子に苦笑すると、ジェネラスは店の方へと歩き始めた。

 雑踏を歩くのは疲れるが、こういう時、強面で筋肉質な体格のジェネラスの周りからは人がけていくので、当の本人はやや複雑な心境。


 しかしまあ、歩く分には楽になるのでそれはそれで良いかと思いつつ、車道側から店側に難なく横断すると、ジェネラスはプリメラと腕を組んだまま店に入った。


「いらっしゃいませ。二名さまですか?」


「ああ二人だ」


「かしこまりました。こちらにどうぞ」


 ジェネラスがよく行く喫茶店より、遥かに高級感のある喫茶店に足を踏み入れると、ウェイトレスの案内でジェネラスたちは店の奥の窓際の席に向かい、腰を下ろした。


 そして、ウェイトレスが持ってきたガラスのコップに魔法で水を入れるのを待って、ジェネラスはウェイトレスに「この店、パンケーキが美味いと聞いたが」と話しかけた。


「はい。クリームたっぷりのパンケーキ、おすすめですよ。そちらになさいますか?」


「プリメラはどうする?」


「では私も同じものを」


「では、クリームパンケーキお二つですね。お飲み物はどうされますか?」


「俺はコーヒーを頼む。ミルクはいい。砂糖だけ頼む」


「私は紅茶をお願いします」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 そう言って、ウェイトレスはテーブルから去っていった。

 その合間に、ジェネラスは机の端に置かれたままのメニューを開いて他にどんな料理があるのか眺めるが、思ったより高い値段だったのでそっとメニューを閉じて元の位置にメニューを戻した。


(え? 地元の喫茶店の倍くらいの値段なんだが? 高級店じゃねえか。人通りの割に客が少ないのはそういうわけか)


 プリメラに悟られないように平静を装い、注文したパンケーキを待つジェネラス。

 

 しばらく待ってやってきたパンケーキは、三枚を重ねたボリューミーな物で、その上にホイップクリームがこんもりと盛られていた。


「おお。すげえな」


「多くないですか? 食べられますか?」


「まあ俺は大丈夫だが、無理するなよ? このあと歩くんだからな」


 そう言って、ナイフとフォークを手にパンケーキを食べ始めたジェネラスとプリメラだったが。

 予想に反してプリメラはペロッとパンケーキを完食した。

 一方で、ジェネラスは大量のクリームに胸焼けでもしたか、上を向いて深く息を吐く。


「多くね?」


「残しますか?」


「いや、大丈夫だ。丁度コーヒーも来たしな」


 ウェイトレスが持ってきたホットコーヒーを一口飲み。

 再びため息を吐くと、ジェネラスは残ったパンケーキを完食。

 遠い目で天井を仰いだ。


「歳食ったなあ俺。昔はこれくらい余裕だったんだが」


「まだまだお父様はお若いですよ」


「そうかねえ。まあ同年代の同業には負けんつもりでいるがね」


 しばらくこんな他愛のない話をして腹を休め、ジェネラスはウェイトレスを呼ぶと、予想より高かったパンケーキの料金を払い、席を立って喫茶店を出た。


「よく考えりゃお屋敷勤めの人間が知ってる店だもんな。高級店なわけだ」


「でも美味しかったですね」


「量もあったしな。歩いて腹ごなししないと夕食もキツくなりそうだ」


 そう言って、ジェネラスは冗談ぽく笑うと、再びプリメラに向かって腕を差し出した。

 そんな父の腕に手をまわし、少し顔に火照りを感じながら、プリメラは父と歩幅を合わせて歩き始める。


 目指すは宝飾店だが、ジェネラスは詳しく場所を知っているわけではない。

 二人は雑踏に混じって王都の商業区を歩いていく。

 

 そして、大通り沿いにあった宝飾店を見つけると、ジェネラスは何も知らされていない娘を連れてその店内に足を踏み入れるのだった。

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