第55話 王都の宝飾店にて

 ちょいとお互い喫茶店での朝食を終えたジェネラスたちが次に向かったのは宝飾店だった。

 いつぞやした、アクセサリーを買うという約束を果たすためだ。


 王都内の商業区、その大通り沿いにあった店内には様々な宝石や装飾品が、ワイバーンの翼膜よくまくを薄く磨いてガラスのようにしたショーケースに並べられている。


「お〜。このショーケース、ワイバーンの羽を加工した物か。強盗対策か? 王都には出んだろ」


「ガラスにしか見えませんけど、確かに薄く魔力が張られてますね」


「流石にプリメラには見えるか。ガラスに見えるが、強度は桁違いだ。ただの打撃では傷一つくらいしかつかん。まあ魔力を込めて殴れば割れるが、コレにはその対策で結界魔法が仕掛けられてもいる」


 中の宝石や装飾品より、ショーケースに興味があるのか、ジェネラスは手触りもガラスと遜色ないそれをなぞりながら楽しそうに微笑んだ。


「クアルタの工房に行った時もそうでしたが、お父様こういう魔道具好きですよね」


「俺にもまだまだ子供心と言うやつはあるのさ。好きなんだよ、魔道具とか魔導機械ソーサリーマキナとか」

 

 ジェネラスの普段見せない照れ笑いを見て、何を思うかプリメラは顔を赤くする。

 そんな二人のもとに、人当たりの良い笑顔を浮かべた白髪の老店員がやって来て、ショーケースを挟んで対面に立った。


「いらっしゃいませ。この店のショーケースを見抜くご慧眼お見事でございます。本日は何をお求めで御座いましょう」


「ああ、指輪が欲しくてね」


「差し支えなければ、どのような用途の指輪かお伺いしてもよろしいでしょうか」 


 身なりの良い、どこかの屋敷の執事にすら見える店員の言葉にジェネラスは一瞬、あんまり高価でも困るかと考える。

 

「(とはいえ魔道具は安物程すぐ壊れるし、多少値が張っても良い物を買うかな。プリメラへのプレゼントだし)欲しいのは——」


 欲しい指輪の用途を伝えようとしたジェネラスが口を開いた瞬間。

 

「婚約指輪を探しています」


 と、プリメラが一歩前に出て店員に言い放った。

 

「おお、ご婚約ですか。それはおめでたい。分かりました、ではこちらの指輪など如何でしょう」


「もう少しシンプルな物が良いですね、この方剣を嗜んでいますので」


「おいプリメ「宝石は無くてもいいです、頑丈な物が望ましいですね」」


「おーい「かしこまりました。ではこちらなど、どうでしょうか。お値段張りますが、極少量アルティニウムが使用されてまして、魔力の向上効果もあります」」


「あの「ではそれで」」


「かしこまりました。お指のサイズのほう測らせて頂きますが、よろしいですか?」


 話を遮ろうとするジェネラスを置いてけぼりにして、プリメラと店員の話がポンポンと進み、プリメラがジェネラスと手を繋いで持ち上げる。

 

 ここで老店員のベテランの目が二人の指のサイズを見た目だけで判断して、ショーケースの下から計測用の仮の指輪を取り出すと、ジェネラスとプリメラの指に嵌めた。


「はい、結構でございます。ではこちらのサイズでお作りしますね。お値段のほうですが」

 

 あれよあれよという間に話が進み、ジェネラスも(もういいか、プリメラが楽しそうだし)と、諦めたところに店員から差し出された指輪の値段が書かれた領収書。


 その値段は主に婚約に用いられる指輪の相場の三倍ほどだった。


「(たっけえ! アルティニウム入りだからか!)ふう。いや、おう」


「じゃあこれで」


 ジェネラスが受け取った領収書を見て冷や汗を浮かべていると、プリメラが持参していたポーチから金貨を取り出して店員に渡した。


 それを見て、ジェネラスは平静を取り戻すと「馬鹿タレ、こういうのは二人で買うんだ」と、自分が小脇に抱えていたポーチから金貨を取り出し、領収書に書かれた金額の半分をプリメラに渡す。


「何も慌てなくてもいいだろうに。まったくお前は。これじゃあプレゼントにはならんだろ」


「そんな事ありません。止めようと思えば止められたはず。それをしなかったことが、私にとっては最高のプレゼントです」


 そう言って、プリメラはジェネラスの腕に自分の腕をまわして寄り添った。

 そんな娘に困ったような、嬉しいような複雑な心境で苦笑するジェネラス。


 すると、二人に向かって老店員が「ご婚約という事でしたね」と、受け取った金貨を片付けながら口を開いた。


「いや「そうです」……そうです」


「これは古い言い伝えなのですが、恋人同士でこの前の通りを突き当たりまで行った先にある、時計塔の展望台まで上がると円満な家庭を築けるというものがありましてね」


「ああ〜。あの古い時計塔か」


「上までは階段しか無く、その長い階段を登る辛さで最近は訪れる者は少なくなったと聞きます。しかし、そこから見る王都の景色、特に夜景はここに並ぶ宝石と違わぬ価値がありますので、もし良ければ挑戦してみてはいかがでしょう」


「夜景か。それは見てみたいな」


「とはいえこれは、仲の良いお二人に幸せになってもらいたいという老婆心からの独り言。無理はなさらないように。さて、指輪のお届け先なのですが」


「あ、それでしたらエレフセリアのユニオンにジェネラス・サンティマン宛に送ってください」


 老店員の言葉に笑顔で答えるプリメラ。


 そんなプリメラに「かしこまりました」と老店員も笑顔で答えると、メモ帳を上着のポケットから取り出して後ろの棚から羽ペンを取ると、スライムの体液で作られたインクを付けてメモをとる。


「お買い上げまことにありがとうございました。指輪は確実にお届けしますので、しばらくお待ちくださいませ」


 こうして、書いていた領収書と、新たに書いた購入証明書を二人に渡すと、老店員ら深々と頭を下げ、二人を見送るためにショーケースの向こう側から回り込み、ジェネラスとプリメラを出入り口まで案内するのだった。

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引き取った奴隷や孤児がいつの間にやら大成していた。世直し? いや、俺は生きるために金が欲しいだけなんだが? リズ @Re_rize

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