第2話 任務後の一杯

 依頼を受け、盗賊たちに奪われた金品を空間拡張魔法くうかんかくちょうまほうで容量を広げた麻袋に放り込み、助け出した女性を連れて、ジェネラスとオクタ、ノベナの三人は拠点にしている城郭都市じょうかくとしエレフセリアへと向かっていた。


 森を抜け、街道で待たせていた二脚の騎竜に跨り、月明かりに照らされただけの暗い道。

 そんな道を夜目の効く騎竜を頼りに進んで行くと、壁と門を照らす篝火かがりびとエレフセリアの衛兵二人の姿が見えてくる。


 その二人が槍を手に三人の行手を阻んだ。


「依頼で出ていたジェネラスだ。仕事が終わったんでな。帰還した」


「ジェネラス殿でしたか。一応身分証を確認させて頂きます」


 言われるままに、ジェネラスたちは首に下げた小さな金属板のタグを取り出し、衛兵に渡す。


 そのタグに衛兵が魔力を通すと、正規品であることを示す魔法印が現れたのを確認したので、衛兵は納得したのか頷いてタグを三人に返却した。


「盗賊団の殲滅せんめつ任務との事でしたが、お怪我は」


「問題ない。子供たちが優秀なんでな。楽に終わったよ」


「ご謙遜を。ともあれご無事でなによりです」


「君たちも、夜分遅くにご苦労だな」


 そう言って、助け出した女性を騎竜に乗せたまま、ジェネラスは街への門をくぐった。

 その後ろをオクタとノベナが続いて騎竜で進んでいく。


 そんな三人を見送って、衛兵二人が羨望の眼差しを向けながら呟く。


「最近辺りを騒がせている盗賊団と聞いていたが、無傷とは流石だなあ」


「部下の少年たちが優秀だと言っていたが、恐らくジェネラス殿が一人で片付けたんだろうなあ。いくら優秀だからって子供二人で盗賊たちを相手にして無傷なんて、流石にありえんからなあ」


 現場で起こったオクタとノベナが繰り広げた瞬殺劇を知らない衛兵二人がそんなことを話して盛り上がっているとはつゆ知らず。


 ジェネラスは依頼人が待つ街の中央の一角に存在する傭兵組合ユニオンの施設へと向かっていた。

 

 そして、辿り着いた石造りの建物の前で騎竜を止めると、ジェネラスたちは交差した鳥の羽の真ん中に剣が描かれた看板の下の扉を開き、助け出した女性を連れて、ユニオンの施設に足を踏み入れた。


「おい、見ろよ」


「本当にたった三人で盗賊団から女を連れ戻したのか」


「あの返り血。一体一人で何人殺したんだ?」


 施設内は夜だというのに、仕事終わりか、はたまた今から仕事かは分からないが、ジェネラスたち以外の傭兵たちも大勢集まっていた。


 併設されている酒場も騒がしかったが、帰還したジェネラスたちの姿を見て、その騒がしさが波が引くように静まり返る。


「なあ、俺って嫌われてるんだろうか」


「みんな、父さんの雰囲気に気圧されているだけだと思うけど」


「だね。パパが怖いんだよみんな」


「ノベナ、パパはやめろ、恥ずかしい。それじゃあ俺は受付で依頼終了を伝えてくる。その人を頼むぞ?」


「了解」


 ユニオンの出入り口から歩き始めるジェネラス。


 そのジェネラスが着ているローブに、事故的に斬って伏せた盗賊の返り血がベットリと付着しているせいか、不機嫌そうな顔の彼を見て、他の傭兵たちは顔を青くして道を譲り、ジェネラスの前には受付まで花道が出来上がっていた。


(もろに返り血を浴びてしまったなあ。これ洗ったらちゃんと落ちるか? うーむ、最悪買い替えんとなあ、でもそうなると余計な出費になるなあ。洗濯屋に任せるのが無難か?)


 と、ジェネラスは不機嫌だったわけではく、少しばかり考え事をしていただけなのだが、眉をしかめるその人相は凶悪で、彼をよく知らない者たちからすれば怒っているように見えていたのだ。


 しかし、受付の女性はジェネラスの事はよく知っているのか、傭兵たちとは違い、笑顔で彼を迎えた。


「お疲れ様ですジェネラス様。お早いご帰還ですね、依頼の件でしょうか?」


「ああ。依頼は終了した。拐われた女性はあの通り無事救出。ついでに奪われた金品も回収してある。あとで確認しておいてくれ」


「昼に出てもうご帰還とは。さすがですね、オーナー」

 

「その呼び方、ややこしいから止めろ」


 ジェネラスはそう言って、獣の姿に寄った猫型獣人の受付の女性に向かってため息を吐く。

 すると、そんなジェネラスの後ろから「別に構わないだろ、オーナー」と低いしわがれた男の声が聞こえてきた。


「はあ、ユニオンマスターがそれで良いのか?」


 ジェネラスはそう言いながら振り返ると、声を掛けてきた白髪のスーツを着た老人の目を真っ直ぐ見た。


「構わんよ。私はあくまで君たちの為に仕事を用意するだけの存在だからね。さて、それではあの女性は預かるよ、依頼人が待っているからね」


「左様で。じゃあ俺たちは報酬で一杯やってるよ」


「深酒はいかんぞ?」


「一杯だって言ってんだろ。アンタじゃねえんだ。どの道そんなには飲めねえよ」


 こんなやり取りをしているうちに、報酬の用意をしていた受付から金の入った袋を受け取ると、女性をマスターに預け、ジェネラスはオクタとノベナを連れて併設されている酒場へと向かっていった。


 しかし、どの席も埋まっているので、三人は仕方なく空いているカウンター席に向かうと、それぞれ酒を注文してから席につく。


「お前たちもセロと合流するんだったな。なら伝えておいてくれ『俺はまだしばらくこの街にいる』とな」


「(やっぱりセロ兄さんの言ってた通り、父さんはこの街から国盗りを始めるつもりなんだ)わかった。兄さんにはちゃんと(予定通りと)伝えておくよ」


「俺の方はそうだな。最後にもう一人くらい引き取って育ててみるか」


「(最後! だとすれば、その子の育成完了が合図か。セロ兄さんにちゃんと伝えなきゃ)それはどれくらいの期間になりそうなの?」


「そうだなあ。お前たちと同じで一年様子を見て、二年で仕上げるか三年で仕上げるか。セロのように才能があれば一年で全て終わるんだがな」


「(長くて三年、早くて一年。遂に父さんの計画が始まるんだ)それで? 父さんはそのあとどうするの?」


「今のところ全て計画通りにいってるからな。それが終われば、あとは悠々自適に暮らすさ」


「どこで?」


「色々便利だから湖とか川の側の町が良いなあ(畑とかやってみたい)」


「(これもセロ兄さんの予想通りだ。ここから近い湖と川が繋がるのは帝国だけ。やっぱり父さんはあの悪虐皇帝を討つ気なんだ)分かった。俺も頑張って父さんの役に立つよ」


「はっはっは。もう十分頑張ってるがな。まあ今生の別れというわけでもない。セロは面倒見が良いから不自由はないと思うが、無理はするなよ?」


 ジェネラスは孤児院から引き取り育てた息子と娘と酒を交わし、思い出話に花を咲かせる。


 彼らだけではない。


 これまでに育ててきた子供たちが、自分のこれからの人生を大きく変えるとは、ジェネラスはこの時、微塵みじんも思っていなかった。

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