引き取った奴隷や孤児がいつの間にやら大成していた。世直し? いや、俺は生きるために金が欲しいだけなんだが?
リズ
傭兵の親と子
第1話 ジェネラスという傭兵
その日の夜は風が強かった。
カタカタと音が鳴り、割れた窓から吹き込む風に、廃墟と化した屋敷を根城にしている盗賊たちは、今日の戦利品である金品や酒、拐ってきた女性を痛め付けて仕事終わりの夜を楽しんでいる。
下卑た笑い声が風に乗って暗い森に響いていた。
そんな笑い声を、屋敷の近くに生い茂る木の影から聞いている人影があった。
黒いフード付きの丈の長いローブを羽織った中年の男性だった。
「オクタ、ノベナ。これがお前たちを送り出す前の最後の仕事だ。お前たちの力、俺に見せてみろ」
人差し指と中指だけ伸ばして耳に当て、通信魔法を発動した男は近くに伏せている仲間に言葉を送る。
すると、男の耳にまだ若い少年の「了解」という短い返事と「了解です、マスター」という落ち着いた少女の声が聞こえてきた。
「ノベナ、マスターはよせ。俺も遅れて突入する、ぬかるなよ」
その通信魔法を最後に黒いローブを羽織った男は手を下ろすと腰から剣を抜いた。
ちょうどその時、月と星空を隠していた厚い雲が切れ間を覗かせ、月の明かりがフードを取った男を照らす。
白髪混じりの長めの黒髪を後ろで結った男だった。
中肉中背というにはよく鍛えられ、身長も高い。
そんな男のサファイアのような青い目に、屋敷の二階の窓へ向かって跳び上がり、派手に音を立てて割って入った人影と、少し遅れて一階の割れた窓から音もなく屋敷に侵入した人影が映った。
(さて。あの子らにどれほどの力があるか。最悪撤退はしてもいいとは言ってるし、身に余るなら逃げるだろ。依頼達成目標は盗賊の殲滅と誘拐された女性の救出だが。流石に二人ではキツいと思うんだよなあ。まあ、ヤバそうなら連絡してくるよな)
そんな事を考えながら、たちまち騒がしくなった廃屋敷の玄関に立つ見張りが、明らかに異変が起こった屋敷内へ向かおうとしたのでローブを羽織った中年の男は見張り二人の背後にゆっくり歩きながら近寄ると、水の魔法で作り出した水球でその不潔そうな無精髭だらけの二人の顔を覆った。
突然の事に驚き、顔の水を剥がそうとするが、水が掴めるはずもない。
魔法に詳しいわけでもない盗賊の見張り二人は叫び声を上げる間も無く、乾いた地面の上で溺れ死ぬことになった。
「突然すまんが、生捕りで追加報酬が出るわけでもないんでな」
返事が出来るはずもない死体を見もせずにそう言って、男は屋敷の正面扉に近付いていく。
この時、屋敷の中が妙に静まり返っている事に男は気が付いた。
(まずいな。もしかしてやられたか? 俺一人で助けに行って果たして助け出せるか? しかし、他の子らで近くにいる者もいないし。ええい、ままよ!)
相手は十数人からなる盗賊団。
流石に二人での奇襲は無理があったか? と、男は屋敷に侵入した少年と少女を心配して正面玄関の扉を蹴り開けた。
ちょうどそこに、何かが飛んできて、防御しようとして手を上げた際に握っていた男の剣に直撃、液体を噴き出して男の足元に転がる。
見れば男の足元にボロボロになった盗賊と、その盗賊のものであろう腕が転がっていた。
「流石ですオーナー。逃走経路が分かってたんですね」
「オクタ。無事だったか。ノベナはどうした」
「ノベナは拐われた女性を解放したあと、オーナーの指示通りに周辺の警戒をしてます」
「そうか。他の盗賊たちはどうした?」
「全て殺しました。あとは首魁のコイツだけです」
そう言うと、男にオクタと呼ばれた黒髪の少年は血塗れの剣を床に倒れて呻いている盗賊に向ける。
その盗賊が痛みを感じながらも顔を上げ、目の前に立つ男を憎しみのこもった目で睨みつけた。
「お前知ってるぞ、ジェネラス。ジェネラス・サンティマンだなあ。許さねえ! 許さッ——」
「下賎な盗賊風情が、気安く父さんの名前を呼ぶなよ」
そう言うと、オクタと呼ばれた少年は盗賊の首に逆手に持ち直した剣を突き立てた。
そんなオクタに盗賊の首魁が仕留められた事から、盗賊の首魁からジェネラスと呼ばれた中年の男は腰の鞘に剣を収め、冷や汗を浮かべた。
(こっわ。育て方間違えたか? 昔は優しい子だったんだがなあ)
オクタとジェネラスは血の繋がった親子では無い。
ジェネラスがこれまでの人生で八番目に育てた大事な戦力であり財源である。
ジェネラスは傭兵だ。
それは盗賊に止めを刺したオクタも、オクタと同時期に引き取られ、現在、隠れていた盗賊を始末して玄関前にやってきた、ジェネラスの九番目の子供として育ったノベナも同じで、彼らは仕事の報酬の一部をジェネラスに渡して生活している。
「マスター。全部終わりました」
「だから、マスターはやめろって。俺の事は名前で呼べと言っているだろう。いつまでも直らんなその呼び方」
「許してやってください。コイツはそういう性分なんです」
「他の傭兵からはオーナーとか呼ばれているのだ。もうこれ以上妙な通称はいらんのだがな。まあそれも今日までか。よくやったなお前たち。晴れて今日から自由の身だ。もう隷属の指輪もいるまい」
そう言ってジェネラスは二人の指に嵌められた、言うことを聞かせるための指輪の契約を解除しようとして、自分の指先に魔力を集めていく。
しかし、それを二人は拒むように手を握るとジェネラスに向かって首を横に振った。
「お前たちもか。最初に育てたセロの時からそうだが、まったくお前たちは。せっかく自由になれるというのに」
「俺たちがここまで強くなれたのは父さんの、ジェネラスのおかげです。コレはその証として頂いて行きます」
そう言って、オクタは右手の中指に嵌められた指輪を見つめ、拳を握ったまま真っ直ぐジェネラスの目を見つめる。
ノベナも同じだ。
暗い屋敷の中でも金髪と分かるその肩までの髪を弄りながらジェネラスを見ていた。
「拐われた女性を送り届けるまでが依頼だ。それが終わったら、酒場で一杯やろう」
「いいんですか? 無駄遣いして」
「お前たちの為に使う金は無駄遣いとは言わん、投資というのだ。さあ、血の匂いに釣られて魔物が寄ってくる前に退却するぞ」
「了解」
「了解、パパ」
「あ〜。それも、駄目だ」
こうして盗賊を全滅させ、誘拐された女性を救い出した三人は、探知魔法で生体反応がない事を確認すると、古びた廃屋敷に火を放ち、暗い森から離れて、拠点にしている街に向かうのだった。
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