第3話 別れと再会と、新たな出会い①

「ではな。セロたちによろしく言っておいてくれ」


「了解です。父さん、元気で」


「またねパパ。帰ってくる時はお土産持ってくるよ」


「パパはやめろよ全くお前だけだぞノベナ、俺をパパって呼んだのは。まあ、土産は期待しておく。二人とも元気でやれよ」


 酒を酌み交わした翌日。


 ジェネラスは、ユニオンが一定以上の戦果を挙げている傭兵に貸し出している借家の前で息子と娘を見送った。


 手を振り去っていく二人の背に寂しさを感じつつ、ジェネラスは今後の予定を練るために、ユニオンから提供されている借家に足を踏み入れる。


 綺麗好きな息子、オクタのおかげで綺麗に保たれている床。

 埃ひとつない窓枠。

 きちんと整えられた本棚には子供たちに読み書きを教えるために使った絵本や童話、小説などが並べられている。

 

 ジェネラスが暮らす城郭都市エレフセリアで、貴族でもない一般市民が手に入れる事が出来る一軒家の中では一人で暮らすには広すぎる家の中。


 リビングのソファに腰を掛けると、ジェネラスはソファの前に置いているローテーブルに向かって手を伸ばした。


(北の帝国がまた戦争を始めたか。お隣のノースライアを滅ぼしたばかりだろうに、好きだねえ。そんなに他国の土地がほしいかね。それと他に理由があるのか? まあ、おかげさまでこっちは仕事にゃ困らんが)


 ローテーブルに置かれたユニオンから供給される新聞を手に取り、シャツの胸ポケットから取り出した片眼鏡モノクルを掛け、新聞の一面を眺めたジェネラスはため息混じりに苦笑すると、紙面を広げて使えそうな知識や役に立ちそうな情報を仕入れていく。

 

 しばらくそうして新聞を読んでいると、口寂しくなったか、コーヒーでも飲もうと思い、ジェネラスはつい、いつもの癖で「オクタ、コーヒーを淹れてくれないか?」と旅立った息子の名前を口走ってしまった。


「ああ、そうだったな。まったく怠け者め、コーヒーくらい自分で淹れろよ」


 自嘲するように呟き、肩をすくめ、深くため息を吐いたあと、新聞をローテーブルに置き、ジェネラスはモノクルを外して胸ポケットに入れると、ソファから立ち上がった。


 そして、コーヒーを淹れるためにキッチンへ向かおうとしたところで玄関の方からコンコンと、扉がノックされる音が聞こえてくる。


 その音に、ジェネラスはやれやれとため息を吐いて足を止めた。


「宗教の勧誘か? 俺は神様なんか信じちゃいねえぞ?」


 頭を掻きながらぼやき、ジェネラスは廊下を玄関へ向かって歩いていく。

 

「へいへい。どちら様かな?」


 名が知れてくると暗殺される危険もある傭兵業。

 白昼堂々そんな事をしてくるとも考え辛いが、ジェネラスは念の為にと、玄関の壁に立て掛けている剣を手にとった。


 しかし、ジェネラスは玄関の扉越しに聞こえてきた声にその剣をすぐ手放す事になる。


「私です。プリメラです、お父様」


 その名はジェネラスが二番目に育てた娘の名前だった。

 久しく聞く名に懐かしさを感じつつ、ジェネラスはそれでも警戒は完全には解かず、ゆっくりと扉を開けていく。

 するとそこには、女性にしては背の高い、薄い紫色の両サイドの髪を三つ編みにして、うしろでまとめたクラウンハーフアップの女性が立っていた。


 そして特徴的な薄い桃色の瞳。

 その瞳に、ジェネラスは確かに見覚えがあった。


「本当にプリメラか?」


「お久しぶりですお父様。セロ兄さんの所用でこちらに参りました」


 最初に育てた息子、セロの名が出たことで、気を許したジェネラスが扉を完全に開け放す。


 そこに立っていた娘であるプリメラは送り出した十八の頃から見てもすっかり成長し、気品すら漂う大人の女性に成長していた。


 一緒に暮らしていた頃はお転婆で、元気に魔法を暴発させていたような娘がだ。


「一瞬誰か分からなかったぞプリメラ。立ち話もなんだろう中に入れ、コーヒーでも淹れよう」


「手伝いますよ。お父様こそ座っていてください」


「はっはっは。豆の場所も食器の場所すら分からんだろ」


 ジェネラスは久しく会った娘を自宅に上げると、そのままキッチンへと向かって行った。


 そしてプリメラと一緒に豆を挽くところから始め、コーヒーを二人分淹れると、二人でリビングへ向かい、ソファに腰を下ろす。


「しばらく会わないうちに、綺麗になったな。昔はお転婆な小娘だったのになあ」


「う。む、昔の話はやめましょう。オクタとノベナ、八番目と九番目の弟と妹はどうしたんですか? 任務中ですか?」


「二人に用だったのか? なら行き違いになったな、あいつらは今朝がた、セロと合流するために発ったよ」


「あら。そうなんですね。いえ、それならそれで構わないのです。お父様に会ったついでに、二人の成長度合いを報告してきてくれと、兄さんに言われていただけですので、そういう事でしたら兄さんには伝書魔法を送っておきます」


 そう言って、プリメラはコーヒーカップを持ったまま空いた片手の人差し指に魔力を込め、宙に長々と文字を描くと指を鳴らした。


 すると、宙に描かれたボヤッとした青白い光を放つ文字が一ヶ所に集まり、鳥の姿を形成していく。


 その魔法で作り出した鳥をプリメラが人差し指で押すと、淡く光を放ったまま壁をすり抜けて何処かへと飛んでいってしまった。


「随分と熟達したものだ。しかし、良いのか? セロと仕事をしていたはずだが」


「仕事のために帰ってきたんですよ。王国騎士団はセロ兄さまの統率力でどうにでもなります。魔法師団も副団長一人抜けたとて、業務に支障はありません」


「そうか。ん? 誰がなんだって?」


「ハイラント王国騎士団の団長であるセロ兄さんがいれば、魔法師団の副団長である私が一人いないくらいで業務に支障は無い、と言いました」


「あ、あー。なるほどなあ(弱小国家の名前を借りて傭兵束ねて騎士団を騙るか。確かに身元を隠すには悪い手ではないか。セロの事だ、何か考えがあるんだろう)まあ良い、元気にやってそうでなによりだ。それよりプリメラ、どれくらいこっちにいるんだ?」

 

「ずっとです」


「そうか。……ん? なんて?」


「ずっとですよ。セロ兄さんにお父様の手助けをするように言われましてね『二人を送り出したらきっと一人で寂しがるだろうから』って、兄妹の中で一番長くお父様と過ごした私が選ばれました(本当は私が行きたいってゴネたんですけどね)」


「まったく。セロは心配性だな。まだ娘に面倒を見てもらう歳じゃあないんだがなあ(とは言え実際助かるな。仕事をするにしても魔法の扱いに長けるプリメラがいてくれるのはありがたい)」


 などと言い、思いながら、長子の気遣いに嬉しくなるが、プリメラにそれを悟られたくなくて苦笑いを浮かべると、ジェネラスはコーヒーカップを口に運ぶ。

 

 この日から、ジェネラスは娘の一人と暮らす事になるのだった。

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