第32話 砦の上で
再会したジェネラスとクイント。
父と息子は明日の任務もあるというのに、手合わせのために砦の屋上、見ようによっては渓谷を繋ぐ石橋にも見えるその場所に足を踏み入れた。
「篝火がなくても月明かりでよく見えるな」
「そうですね。星も綺麗だ」
警備中の兵士に話を通し、屋上の真ん中あたりまで足を運ぶジェネラスの腰には愛用のやや幅の広いショートソードが。
クイントの腰にはミズホの刀剣技術の結晶である片刃の剣、刀が専用のベルトから掛けられている。
「居合ってのは、居ながらにして合わせる、つまり、相手の攻撃に対して後手に回った場合の迎撃術のことを指すんだったか」
「覚えていたんですか」
「当たり前だ。息子から教えてもらった言葉、技術を忘れる親がいるかよ。基本的に居合術は不意打ちによる護身、暗殺が主目的で、一対一での斬り合いには全く向いていない。これはお前がいなくなったあとから知った話なんだが」
「ええ。まったくその通りです。しかし、心配や遠慮は、無用ですよ父上」
言いながら、足を止めたジェネラスに背を向けて、クイントは十歩ほど離れて向き直り、父と相対した。
そして、お互い剣の柄に手を掛け、ジェネラスは剣を抜く。
山間というだけあって風向きによっては強い風が吹くが、今二人の間を吹き抜けた風は心地の良いそよ風だった。
しかし、その上空では強風が吹いているのか、風が運んできた雲が月を隠し、砦の上を篝火の灯だけが照らす。
その様子を遠巻きに見ていた娘たち三人は、クイントの纏っている気配が、足を開いて腰を落とした辺りで変わったことに気が付いて冷や汗を滲ませた。
「す、すごい集中力ですね。お父様を見てるのにもっと遠くを見ているような」
「しばらく見ないうちに随分とまあ」
固唾を飲んで発したティエスの言葉に続いて、セグンが口元に笑みを浮かべる。
その後ろで、プリメラは相対している二人の邪魔をするわけにもいかないと、黙って様子を眺めていた。
「合図は?」
「もう、始まってますよ」
ジェネラスの言葉にそう言って、クイントは柄を握る右手に強化魔法を、左手で握った鞘に雷撃魔法を流して帯電させた。
それを見てジェネラスは引き攣った笑みを浮かべる。
(おーう。圧力やっべえな。殺す気無しでコレか。強くなったなあクイント)
そんな事を考えながら、ジェネラスは肩に担ぐように剣を構え、剣と全身に強化魔法を使用した。
(笑ってる。父上は居合、抜刀術に対して何か対応策があるということか。なら居合術のセオリーを私から、崩す)
クイントはほんの一瞬考えて、足にも強化魔法を使用して一歩、跳ぶように駆けた。
居合が迎撃術だと知っているジェネラスの虚を突こうとしたのだ。
しかし。
(しまったあ! 同時に飛び出しちまった! 完全にタイミング逃したぞ! どうする俺! 振り下ろすか! いや間に合わんて!)
(私のタイミングに合わせて飛び出してきた⁉︎ 嫌な間合いだ、よく分かってらっしゃる!)
あくまで偶然。
クイントの居合がどれほどの物か確かめるために先制しようとしたジェネラスと、父の虚を突こうとしたクイントは同時に飛び出してしまいお互いタイミングを失ってしまったのだ。
距離にして零距離の超近接戦闘。
下手をすれば両者、大怪我どころか死ぬ可能性すらある。
しかし、ジェネラスの剣は柄がクイントの頭に当たる直前で、クイントが抜いた刀はジェネラスの胴に当たる寸でのところでピタッと止まっていた。
「っふ。私の負けだな(あっぶねえー! ギリギリで止まったあ!)」
「いえ。相打ちですよ父上。その勢い、実戦なら先に私が頭を割られていました(私が飛び出すのを見込んで踏み込んできた先見の明。未来視の力は衰えておられないようだ)」
言いながら、クイントは抜いた刀を鞘に収めると一歩下がってジェネラスに頭を下げた。
その様子を見ていたクイントの力を知る兵士が数人ざわざわと騒ぎ始める。
「あのクイント殿を抑えたぞ」
「たしかジェネラスっていう傭兵だったな。クイント殿の父君らしいが」
「強いな。帝国に個人で喧嘩を売ろうとしてるだけはあると言うことか」
風の音で兵士たちの声が聞こえることはなく。
ジェネラスも剣を鞘に収めると、クイントの刃が触れていた服に触れて破れていないか確かめていた。
「クイントが剣抜いた瞬間見えたか?」
「いえ、セグン姉様。私には見えませんでした」
「俺も見えなかった。姉貴は見えたか?」
「あなたに見えないのに私が見えるわけないじゃない。見えていたのは多分、お父様だけよ」
そんな話をしながら、娘三人はこちらに向かって歩いてくるジェネラスとクイントに視線を向ける。
しかし、手合わせした張本人であるジェネラスにも、もちろん息子の抜刀の瞬間は見えていなかったのだが、それを子供たち含め、砦の屋上にいて、手合わせを見ていた兵士たちは知る由もないわけで。
王国の剣術指南役であるクイントの父親は、とんでもなく強いという噂が兵士たちにより、一人歩きすることになっていくのだった。
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