第25話 娘と手合わせ
ユニオンには調査と言いつつ馬車を借り、森にピクニックに来たつもりのジェネラスは、森の中でも特にひらけた場所にあった岩に腰を掛け、三番目に育てた娘であるセグンと、現在育成中の娘であるティエスの模擬戦を眺めていた。
しかし、セグンの実力は折り紙付き。
現在のティエスの実力では相手にならなかったが、手合わせしたセグンから見たティエスの評価は良かった。
「悪くない剣技だ。でも、親父の剣とは違うな。まあそれはいいか。クアルタが作ったっていう義手も凄えな。俺の拳でヘコミもしねえ。受けてから魔法で即反撃出来る強みもある」
「なかなかの物だろう?」
「親父が拾ってきただけはあるな」
剣を杖代わりに地面に刺し、片膝を着いた状態で肩で息をするティエスを、ジェネラスが座る岩の横に座って眺めながらセグンが言ってニカっと笑う。
「さ、流石ですねセグン姉様。今の私では全く歯が立ちませんでした」
「あったりまえよぉ。俺は近接格闘戦ならセロの兄貴の次くらいには強えんだからな。まあ、そのセロの兄貴も親父には負けるんだけどな」
そう言って、セグンは隣の岩の上に座っているジェネラスを見上げて目を輝かせた。
「買い被りだ。俺にそこまでの実力はない」
「そうかなあ? じゃあさ、久しぶりに手合わせしてよ親父」
「ふむ。せっかくの機会ではあるしな。久方ぶりに手合わせするか」
娘同士の模擬戦を見ていて感化されたか、乗り気になったジェネラスは着ていたコートを脱いでプリメラに渡してシャツと脚甲を装着したズボン姿で岩から降りた。
「プリメラ、合図を頼むぞ?」
「(ああ、お父様のコート良い香り)分かりました、お任せください」
「汗臭いか? それなら岩の上にでも置いておいてくれ」
「絶対に嫌です」
「む、そうか」
開けた森の真ん中でへばっているティエスに手を貸し支え、岩の近くまで付き添ったジェネラスはプリメラが自分のコートを両手で抱えているのを見て、気を遣わせてはいかんなと、声を掛けた。
しかし、プリメラはそのコートを手放す様子がない。
(そんなに高いコートじゃないから別に汚れても構わんのだがなあ。昔と違ってプリメラは優しく育ったなあ)
と、プリメラのジェネラスに対する恋心など知る由もなく。
ジェネラスはプリメラがコートが汚れないように持ってくれていると思い、感謝の意を込めてつい昔のように頭を撫でてしまった。
「お、お父様⁉︎」
「ああすまん、ついな。昔を思い出してしまっていた」
驚いた様子のプリメラから手を離し、ジェネラスは腰の剣を岩に立て掛けると、配置に着いたセグンが待つ森の中央へ向かっていく。
その後ろ姿を、プリメラは残念そうに眺めていた。
そんなプリメラを背に、セグンと対面したジェネラスは、軽く跳んで準備運動を始め、少し体を温めてから拳を前に構えた。
「剣はいらねえのか親父」
「まずは様子見だ。いつも言っているだろ? (セグン相手に剣持ってると手加減出来ずに怪我をさせてしまうかもしれんしなあ。結婚前の娘に親が傷を付けるわけにもいかん)」
「昔とは違うぜ? 俺だって成長してるんだからな(とはいえ、流石親父だ、構えに隙がねえ。最初っから全力でぶつかってみるか)」
セグンがティエスの時と同様に、腰を落とし、利き足を前に出して両手を地についた。
その突撃体勢を見て、プリメラが合図を口にする。
「始めてください!」
「行くぜ親父ぃ!」
セグンが楽しそうに声を上げ、脚に力を込めて突撃した。
しかし、ジェネラスはその突撃に付き合わず、横に跳んで避けようとするが、足元の石に躓いてしまう。
「あ」
その際に、運が良いのか悪いのか、足先が突撃してきたセグンの顎先を掠めて脳を揺らした。
「っあが」
「上手い! セグン姉様のあの突撃に合わせた!」
「見えなかったわ。お父様、腕は衰えているどころか研ぎ澄まされている」
「大丈夫かセグン!」
岩のほうからティエスとプリメラの賛辞が飛んでくるが、ジェネラスからすればそれどころではない。
前のめりに倒れたセグンに駆け寄ると、ジェネラスはセグンを抱えて頬をペチペチ叩いた。
「さ、さすが親父だぜ。まさか初撃にカウンターを完璧に合わせてくるなんてな」
「馬鹿言うな。今のは偶然だ」
「運も実力のうちだろ。すまねえ親父、第二ラウンドだ」
そう言って、セグンは立ち上がるが、
「回復するわセグン。まだやるんでしょ?」
そんなセグンに、プリメラが回復魔法を掛けた。
「おおスゲェ。スッキリしたぜ姉貴ぃ。ごめんな親父。油断してたわけじゃなかったんだけどなあ」
「構わん。だが、良く考えねばならんぞ?(次もしアレを俺がまともに喰らったら多分、大怪我ではすまんかもしれんし)」
「分かってるよ(親父にアレは通用しねえか。仕方ねえ、正攻法でいくぜ)」
再びプリメラが「用意は良い? じゃあ、始め」と、合図を送るが、セグンは腰を落としただけで、拳を構えたジェネラスに少しずつ距離を詰めていった。
こうなってしまうと獣人族の瞬発力と脚力を生かした突撃が出来ず、ジェネラスにはどんな速度の攻撃も通用しないと思い込んでしまい、セグンの攻撃の手数が激減する。
故に、ここから先はジェネラスの攻勢に、セグンが防戦一方という展開になってしまったのだった。
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