第28話 指名依頼

 ジェネラスたちが森で召喚石の欠片を見つけてから数日後。

 その日はプリメラがユニオンに向かうというので、ジェネラスたちは「じゃあついでに仕事でも探すか」と、一家総出でユニオンに向かうために準備をしていた。


 しかし、家を出ようとした際に、来客を報せるノックが玄関から響く。


「はて? まだ昼前だというのに誰かな?」


 リビングで、一番廊下に近かったジェネラスが来客の対応に向かうために玄関に向かった。

 

「どなたかな?」


「ジェネラス・サンティマン様。ユニオンからの遣いで参りました」


 扉越しに聞こえてきた落ち着いた青年の声と、我が家を訪れた理由に、ジェネラスは玄関の扉を少し開けたあと、隙間からユニオンの制服に身を包んでいる青年を確認する。


「ユニオンマスターから貴方様への指名依頼です。詳細はこちらに」


 青年はそう言うと、扉の隙間から招待状のように封がされた一通の封筒を差し出してきた。

 その封筒を受け取ると、ジェネラスは「分かった、マスターにはよろしく伝えてくれ」と言って扉を静かに閉めた。


「流石はオーナー。中身も確認せずに即決でお受け下さるとは。マスターが信頼を置かれているのも納得ですね」


 指名の依頼書が入った封筒を渡し終えた青年は、呟きながらユニオンへの帰路についた。


 一方で、ジェネラスは受け取った封筒に視線を落とし、深くため息をついている真っ最中。

 ついでに肩も分かりやすく落としていた。


(はあ〜。指名依頼かあ。メンドクセェエ。絶対面倒な依頼だぞコレ。でもまあ仕事だしなあ、依頼料も良いから断わるには勿体無いんだよなあ)


「お父様。お客さまはどうされたんですか?」


「ああ、コレを持ってきた。ユニオンからの遣いの者だったよプリメラ」


 部屋着から外出用の服に着替えたプリメラが、玄関で立ち尽くしているジェネラスの後ろから声を掛けた。

 そんなプリメラに振り返る事なく、ジェネラスは依頼書が入った封筒を指で挟んで見せると「はあ、やれやれ」とボヤきながらリビングを目指した。


 娘とリビングに向かい、ドカッとソファに腰をおろすとジェネラスは雑に封筒の口を破いていく。


「お手紙ですか?」


「指名依頼だ。ティエスも長く傭兵をしていると、こういう形で依頼を受ける事もあるだろうな」


「指名。お父様を名指しで、ということですよね」


「そういうことだ(誰だ? 俺みたいな凡庸なおっさんを指名する物好きは)」


 言いながら、ジェネラスは封筒から取り出した折りたたまれている依頼書を開く。


「なになに親父? 誰から?」


「まあ待てセグン。依頼主は、カルディナ王国騎士団からだ(はいダルい〜。面倒ごと確定だぞコレ)ええ、なになに? 北の国境と山間部の砦の間に謎の勢力の影あり。帝国軍と思われるが、こちらから打って出ると侵略の大義名分を与える事になりかねないので、貴殿に強行偵察を願いたい」


 帝国の名が出て、にわかに殺気立つ娘たちだが、ジェネラスが依頼書の詳細を読み上げるのを、三人は黙って聞いている。

 

「知り合いの傭兵から貴殿のことを聞いて知った。その傭兵と砦で合流し、共に任務に当たっていただきたい。報酬は金貨三百枚。追伸、騎士団及び軍の介入は敵が帝国軍と確定した場合行うものとする。か」


「この国の騎士とお父様が共通の知り合いの傭兵? いったいどなたでしょう?」

 

「さてな。割と心当たりはあるから正直分からん。名前くらい書いておいてくれれば良いのになあ」


 プリメラの言葉にそう言うと、ジェネラスは依頼書を折り畳み、封筒の中に戻してソファから立ち上がった。


「予定変更だ。みんな、装備を整えて出立の準備を」


「了解いたしましたお父様、直ちに。セロ兄さんにも応援を要請しますか?」


「いや、帝国軍が越境しているとなればハイラント王国へ連絡したところで援軍は間に合うまい。今回は私たちだけでどうにかするさ(依頼書にあった知り合いの傭兵とやらも俺程度の戦力でどうにかなると考えてるわけだしな)」


「分かりました。聞きましたねセグン、ティエス、荷物と装備をまとめましょう(お父様、敵が帝国軍だとしても私たちだけでどうにか出来る算段なのね)」


 今日は本来ならユニオンに行って依頼だけ受注して帰ってくる予定だったが、プリメラの言葉でバタバタと一家は戦場に赴く準備を始めた。


 ジェネラスも自室に向かい、シャツとズボンを戦時に使用する、蜘蛛の頭から女性の半身が生えたようなアラクネと呼ばれる魔物の糸をエルフの秘術を使いながら編まれたインナーとズボンを着用。


 胸当てを装備して、黒いコートを羽織ると、手甲を着用し、ワイバーンの皮で作られたブーツを履いて脚甲をその上から装備する。


 そして愛用の剣を腰に携えると「今回はコイツも持って行くか」と、呟きながら壁に掛けてある、槍の穂先を剣状にしたような形状の棹状さおじょう武器であるグレイブを手に取って部屋を出た。

 

 この時、ジェネラスは廊下でプリメラと鉢合わせる。


「プリメラ。俺は先にユニオンに行って騎竜の手配をしておく。あとで三人で合流しなさい」


「了解ですお父様」


「慌てるなよ? 急ぐのは構わんが、慌てると」


「ミスを招く、ですわよね?」


「そういうことだ。では頼むぞ」


 こうしてジェネラスは娘三人を残して家を出た。

 戦場へ向かうというのに空は快晴。

 青い空の下に広がる日常はいつもと変わらない様子だった。

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