第23話 ティエスとセグン

 風呂に入れられたセグンはその後ジェネラスたちと歓談し、腹一杯の肉料理での歓迎会を終えた。


 そしてその晩、用意してもらったベッドでは眠らず、セグンはリビングの暖炉の前で丸くなって眠ってしまう。


 風邪を引くことを心配したジェネラスが、丸まって寝ているセグンにブランケットを掛け、この日はジェネラスたちも眠ることになった。


「おやすみなさいませお父様」


「ああ。おやすみティエス。しかし良かったのか? セグンのアレは今に始まった事ではないのだぞ? 俺と暮らしていた頃からあの子はああやって暖炉の前で眠っていたんだからな」


 リビングを出て、寝室へ向かおうとしたジェネラスが、リビングに留まりセグンの近くで就寝すると言い出したティエスに向かって苦笑を浮かべた。


 そんなジェネラスに笑顔を浮かべ、プリメラと一緒に持ってきた毛布と枕を抱えたままティエスはすでに爆睡しているセグンをリビングの出入り口から振り返って眺める。


「一人で眠るのに慣れていても、ふと目が覚めた時に本当に一人だと、やっぱり少し寂しいので」


「優しいなティエスは。まあだが気を付けることだ。セグンの寝相は良くないからな」


 そう言って、ジェネラスはティエスの頭をガシガシ撫でるとプリメラと廊下を歩いて寝室へ向かっていった。


「お父様。久しぶりに私たちも一緒に寝ませんか?」


「阿呆。お前は寂しがるとかそんなタマじゃあなかろう。嫁入り前の淑女である自覚をもちなさい。ではな、おやすみ」


「あ! ちょっと、お父様⁉︎」


 一瞬の逡巡も迷いもなく、ジェネラスは自室に入るとベッドに向かって歩き始める。

 一方でプリメラは相手にされなかった事に不満は抱きつつ、ジェネラスに嫌われるのだけは絶対に嫌なので、諦めて自室へ向かった。


(まてよ? 夜中にトイレに起きた事にして、寝惚けて部屋を間違えたことにすればベッドに侵入出来るのでは?)


 普段はティエスと共同で使用している寝室に入った途端にそんな事を思い付き、プリメラはニヤッと笑う。

 しかし、その計画が実行に移されることはなかった。

 その夜、プリメラは熟睡し、そもそも夜中目覚めることがなかったのだ。


 ジェネラスとプリメラが深い眠りに落ちている頃、まだ眠気に襲われていないティエスはリビングで丸まって眠っているセグンの隣に腰を下ろし、暖炉の火の光でジェネラスの所有物である小説を読んでいた。


 とはいえそれは言い訳、理由作りみたいな物で、ティエスの本当の狙いは風呂に入ったことによりサラサラの見た目に仕上がっているセグンの尻尾だった。


(さ、触ってはダメでしょうか。寝てますもんね)


 チラチラと、こちらに背中を向けて眠るセグンの尾てい骨付近から伸びている艶のある赤いフサフサの尻尾を眺め、撫でたい欲望に逆らえず、ティエスは手を伸ばしていく。

 

 しかし、あと少しでその指先がセグンの尻尾に触れそうになった瞬間、ティエスの手を、気配を察して目を覚ましたセグンが握った。


「ん? なんだ末妹か。どうした?」


「ご、ごめんなさいセグン姉様。私、獣人族の方とこうして接するのって初めてで」


「ふ〜ん。まあ、さわんのはいいけど、引っ張んなよ?」


「さ、触っても、いいんですか?」


「お前は、妹だからな。特別だ」


「あ、ありがとうございます」


 手を離し、再び暖炉の方を向いて眠り始めたセグンの尻尾をティエスは優しく撫で始めた。

 その触り心地から、ティエスは今は亡き故郷で飼っていたペットの犬を思い出す。


 幸せだった幼い頃、まだ家族は健在で、全てが優しさに包まれていた頃を思い出し、ティエスはセグンの側に座ったまま一筋の涙を流してしまう。


「どうした妹」


「セグン姉様。ごめんなさい、ご就寝の邪魔をして。少し、昔のことを思い出してしまいまして」


「確か、お前も私と同じ戦災孤児だったな」


 そう言って、セグンは寝返りをうつとティエスの手を取り引っ張って自分の隣に寝かせ、ティエスの頭を抱きかかえ、尻尾や足を絡めて抱きしめた。


「あ、あの」


「昔親父がな。俺が夜中泣いてる時によくこうしてくれたんだ。スゲェ安心できるだろ? 泣いてる子供にはこうしてやるのが一番だって親父は言ってたよ」


 ジェネラスに教えてもらった事をただ真似しただけだったが、効果はあったようだ。

 ティエスは確かに安心感に包まれ、いつのまにか微睡始め、気が付けば二人とも暖炉の暖かさを感じながら眠りに落ちてしまっていた。


 そんな二人を、翌朝、リビングにやってきたジェネラスが見つけ、抱き合ったまま眠っている二人に毛布を掛け直す。


 この時セグンが目を覚まして寝ぼけ眼で父を見上げるが、ジェネラスは人差し指だけを伸ばして口に当て、静かにするようにジェスチャーすると、昔よくそうしたようにセグンの頭を撫でて寝かしつけ、リビングをあとにした。


「おはようございますお父様」


「おはようプリメラ。まだ二人は寝ているから起こしてやるなよ? 俺ももう少し寝るよ」


「お供しますわお父様」


「やめんか馬鹿タレ」


 というわけで、ジェネラスはプリメラを軽くあしらって自室に戻ると「たまにはこんな朝も良いな」と再びベッドに潜り込み、二度寝を始めたのだった。

 

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