彼女が作ってくれました

 ◇



「美味しかったわ! 私、ここのカルボナーラが好きなのよね!」


「ボロネーゼも美味しかったですよ! んふふっ」


 お義母さんとランチにパスタを食べ、その後二人で街をブラブラ。

 特にこれといった用事はなかったけど、お義母さんと並んでおしゃべりしながら歩いているだけでも凄く楽しい。


 そしてしばらく歩きながら気になるお店を見たりして、休憩のために近くにあった喫茶店へと入った。



 やっぱりヨウのお母さんね…… 話していて心地良いというか…… 間がいいのかしら?


 ヨウはおしゃべりな方ではないけど聞き上手だし、話していると…… なんて言ったらいいんだろう…… 波長が合うって言うのかな? ずっと話し続けられるし、お互い沈黙していても全く辛いと感じない。


「唯愛ちゃんってアパレルショップで働いているのよね?」


「はい、ヴァーミリオンって店で働いてます」


「あら、ヴァーミリオンっていったら有名ブランドじゃない!」


「ふふっ、人気はあると思います、おしゃれでリーズナブルですし」


「唯愛ちゃんは…… 結婚しても仕事は続けるつもりなの?」


「一応続けるつもりですけど…… 子供がデキたら休むか辞めないといけないかもしれませんね」


 んふふっ! こればかりは授かり物だから分からないけどぉ…… 授かるためにいっぱい頑張っちゃったらぁ…… ふふっ、んふふっ!


「……あ、あははっ、色々心配しなくても良さそうね」


 心配かけないように二人で幸せになりますから…… と言いたいけど、それはヨウと二人で挨拶に行った時かな?



 ◇



 今日はユアと母さんが二人でランチしに行くらしい。

 息子の俺とはしばらく外食なんてしていないのに、やっぱり母さんはユアのことを気に入ってるんだな。


「大倉ー、昼飯を食べに行かないかー?」


「あっ、先輩…… 今日は大丈夫です」


「どうしたんだ? 調子悪くて食欲がないとか…… んんっ!? な、何だそれは!!」


「あ、あははっ…… 彼女が作ってくれました……」


「彼女って、婚約しているあの娘だろ? ……チッ!! リア充の勝ち組になりやがって! 裏切り者め!!」


 そう吐き捨てるように言いながら先輩(彼女募集中)は外にお昼を食べに出かけて行った。


 さて、今日のお弁当は何かなぁ……


「おっ! 大倉くん『愛妻弁当』かい?」


「ぶ、部長!? 後ろからいきなり声をかけてこないで下さいよ!」


「ふーん…… タコさんウインナーにミートボール、卵焼きにブロッコリーとパプリカ…… 普通だね」


「ふ、普通でいいじゃないですか! じっくり見ないで下さい!」


「いやぁ…… うちの嫁は最初の頃『ハートマーク』とかを海苔なんかで作った可愛らしい弁当を用意してくれたんだけどね? ほら、私の弁当はこれさ」


 そう言いながら見せてきたお弁当箱に入っていたのは……


「お、おにぎり…… だけですか?」


「いや、カップ麺付きだよ」


 スカスカのお弁当箱にはラップにくるまれたおにぎり、あと手にはカップ麺…… 学生みたいなお弁当だな。


「大倉くん…… 先輩としてのアドバイスを一つ」


「は、はい……」


「奥さんは宝物のように大事に扱うんだよ? そして何より、奥さんの言うことは絶対だ、尻に敷いて頂いている、くらいの気持ちで接するのが一番さ……」


 大庭竹部長…… 一体何があったんだ?


「家事もキチンとするんだよ? ……こうなりたくなければ」


 そう言って寂しそうにカップ麺にお湯を入れに行った部長…… 


 俺も気をつけよう……


 そして、ユアが作ってくれた弁当のおかずの卵焼きを一口…… うん、うちの実家と同じで甘い卵焼きだ。


 朝早くから楽しそうにお弁当の準備をしてくれたユアに感謝のメッセージを送り、味わいながら弁当を食べた。


 

 ◇



「……亜梨沙さん」


「やっと会えたわね…… 葉月はづきちゃん」


「どうしてここで働いてるのを知ってるんですか?」


「……浦野」


 浦野の名前を出した途端、葉月ちゃんの身体が微かにピクンと反応したのが分かった。


 ヴァーミリオンを突然退職し行方が分からなかった葉月ちゃんの居場所が、鎌瀬の一件があってようやく判明した。


 半年くらい前まで浦野の所でいたのは調べてすぐに分かったけど、その後の行方が掴めなくて苦労したわ…… でも大沢さんのおかげで今日、葉月ちゃんと再会することが出来た。


 葉月ちゃんが現在働いているのは…… 男性にサービスをするお店で、私は葉月ちゃんの仕事が終わる時間を見計らってここまで来たんだけど


「立ち話もなんだし落ち着いて話せる場所に行かない?」


「……わかりました」


 そして二人で近くの個室のある居酒屋へと入り、今日来た理由とこれからについての話をすることにした。


「亜梨沙さん、急に辞めてごめんなさ……」


「ごめんなさい…… もっと早く私が気付いていれば、葉月ちゃんが辛い思いをしなくて済んだのに…… 私があの忘年会になんか参加させなければ……」


 二年以上前にあった、鎌瀬も参加していた忘年会。

 そこできっと葉月ちゃんは、この間の唯愛ちゃんのように……


「……亜梨沙さんのせいじゃないです! ……私がすべて自分一人で解決しようと誰にも助けを求めなかったから……」


 大沢さんから葉月ちゃんがしていた『仕事』の詳細は知らない方が良いと言われている。

 ただ、あの死んだような目をして鎌瀬に連れられ歩いていた葉月ちゃんの様子から、相当酷い扱いを受けていたのは聞かなくても分かってしまう。

 

「葉月ちゃん、でもどうして解放されたのに…… ああいうお店で働いて……」


「……突然『もう必要ない』と言われてもどうやって生きていけばいいか分からなくて…… どうせ似たような事をしていたから、別にお金が稼げるなら何でもいいかなぁって思ったんです」


「そんな……」


「あはっ、でも今日でお店はもう辞めるんですよね…… ちょっと理由がありまして」


 そう言った葉月ちゃんの顔は少し嬉しそうな顔をしていた。


「理由?」


「はい、週に二日ですけど、家政婦…… みたいな仕事をすることになったんです、家政婦というか、子守りというか…… ふふっ」


 …………


「でも、その収入だけじゃ生活できないんじゃないの?」


「あとはアルバイトでもしようかなぁって思ってます…… もう身体を売るような仕事は…… しないつもりです」


 葉月ちゃん…… 何か良い出会いでもあったのかしら? 

 でも、私が葉月ちゃんに会いに来たのは心配だったからという理由だけじゃない。

 これを言うために…… 今日は会いに来たの。


「葉月ちゃん、仕事がないならもう一度ヴァーミリオンに戻って来ない? いえ…… お願いだから戻って来てくれないかな?」


 鎌瀬の行方は分からないけど、きっと今も大沢さん達が探っているはず……

 だからヴァーミリオンで働いていた方が危険な目に合う確率も少なくなると思う。


 それに……


「私はまた葉月ちゃんと一緒に働きたいわ、もう関わりたくないなら別だけど、検討してくれないかな?」


 失踪するまで楽しそうに仕事をしていた葉月ちゃんの姿が忘れられないの……

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