からかわないで下さいよ
「皆さん、本日はお集まり頂きありがとうございます『パープルサウンド』が開店までのすべての作業が終わり、無事来月から営業開始することになりました……」
鎌瀬部長の部下が慰労会開始の挨拶をする中、俺と大庭竹部長は会場の一番端の席で少し苦笑いしていた。
繋げられたテーブル席の中央には鎌瀬部長を囲むように営業部の人達が隣や向かいに座っていて、その隣にはパープルサウンドの店長やその従業員が、反対側の隣にはヴァーミリオンの店長とユア、マネージャーなどがまとまって座り、店舗開発部の俺達やデザイナーなどは端に座っている。
パープルサウンドの関係者やヴァーミリオンの関係者は全員女性、営業部の半分も女性で、鎌瀬部長や部下の男性を囲むような形になっている。
これは偶然ではなく虎屋に入って案内された時に営業部の人に席を指定されて座ったので、明らかにこういう形にしようと狙って席順が決められたんだと思う。
パープルサウンド完成の慰労会なのに、営業部の鎌瀬部長がど真ん中って…… どう考えてもおかしいよな。
どうせなら新しく働くパープルサウンドの人達を真ん中に座らせればいいのに。
多分大庭竹部長も同じ事を思っているようで、俺の顔を見て苦笑いしていたのはそういう事だと思う。
「それでは皆さん…… 乾杯!!」
長々と乾杯の挨拶をしていたが全く頭に入って来なかったな。
鎌瀬部長へのヨイショを交ぜながら喋っていたしな。
「ははっ…… お疲れ様、大倉くん」
「お疲れ様です、部長」
大庭竹部長とジョッキを軽く合わせ、少し泡が無くなったビールを一口…… うん、苦い。
ユアは…… おっ、こっちを見て軽くジョッキを上げている。
離れた席に座っているから残念だけど今は話が出来ないな。
参加者は合計二十人くらいだが、半分は営業部…… というか、鎌瀬部長とその取り巻きで、一体何のための慰労会なのか…… 最初からこうなる事はある程度予想はしていたが、やっぱり憂鬱だ。
端に追いやられて軽くため息をついている俺なんて眼中にないだろうな、鎌瀬部長は上機嫌でジョッキを煽っているし。
「まあ、二時間くらいで終わるだろうから……」
「そうですね」
口にはしないが『我慢してくれ』って言いたいんだろうな…… 大変だな大庭竹部長も。
「君達は本当に頑張ってくれているよ」
「鎌瀬部長の日頃の指導のおかげです、ありがとうございます!」
「ははっ、そんな事はないよ、君達の実力さ…… さあ、皆さんも遠慮なく飲んで下さいね」
うん…… この焼き鳥、美味しい…… ユアは仕事仲間と楽しんでいるようだ。
あまり飲んでないみたいだし大丈夫かな。
「さっきからあっちを気にしてるけど、あの娘、大倉くんの彼女かい?」
むぐぅっ! ……ごほっ、ごほっ!
「ち、違いますよ」
「そうなのかい? 店に入る直前まで楽しそうに腕を組んで歩いていたからてっきりそうだと思ったんだが私の勘違いか」
えぇっ!? ……店に近付いてからは少し離れて歩いていたのに! もしかしてだいぶ前から見られてた!?
「か、彼女は高校の同級生で、最近久しぶりに再会して……」
「ほう…… 最近の若い子は同級生でも腕を組んで歩くんだね」
ニヤリとからかうように笑う大庭竹部長…… ただの同級生ではないとバレているかも。
「じ、実は仲が良くて、泊まりに来たりも…… でも! 彼女とかではなくて」
「……その彼女が大倉くんを見つめているよ?」
えっ? ……あっ、こっちを見てウインクしてきた! ……誰にも気付かれてはいないみたいだけど、ちょっと照れるからやめて欲しい。
「はははっ、ずいぶんと仲良しなんだね! ……普通に仲が良いだけであんなにアピールするものなのかい? おじさんには分からないねぇ……」
うっ! 普通…… じゃないよな。
普通一緒に寝たり、風呂に入ったり、あんなことやこんなことなんて只の友達ならしない……
「……恋人未満、って所かな? 初々しくて良いねぇー」
「……部長、からかわないで下さいよ」
そして俺は大庭竹部長と話しながら軽く料理や酒を口にしていた。
時々ユアの様子を横目で確認しつつ、時間が過ぎるのを待っていたのだが……
賑やかだな…… 鎌瀬部長達。
酒が入って更に機嫌が良くなったのか、鎌瀬部長は過去の上手くいった仕事の話やうんちくなどを部下達に自慢げに語っている。
しかも自慢が鼻につかないよう部下に話を振って意見させたりと上手く話しているのもあってか…… 部下達は大袈裟なリアクションで鎌瀬部長を褒め称えている。
それに釣られてなのか、パープルサウンドの人達も鎌瀬部長の話に聞き入っていて、鎌瀬部長を中心に大盛り上がり。
ユアは…… うん、興味無さげにサラダを食べているな。
「すいません、ちょっとトイレに行って来ます」
話を聞いているわけではないが、聞こえてきちゃうから少しうんざりして、俺は逃げるようにトイレに向かった。
自分が優れている人間だとアピールしたいんだろうな。
酒が入ってるから気も大きくなっているんだろうが…… はぁ……
「ふふっ、なーにため息ついてるの?」
「……ユア」
「自慢話がうるさくてあたしも逃げてきちゃった! ふふふっ」
「そっか…… 優秀なんだろうけど、ちょっと疲れちゃうよね」
「自慢というか…… あの悪イケメン『人より上に立ちたい』とか『支配したい』って欲が強い人なのね…… 上手く出さないようにしているけど、言葉の端々にそんな考えが透けてみえて気持ち悪いわ」
……ユアがここまで言うなんて、よっぽどなんだろうな。
「ああいうタイプって嫌いなのよねー…… 高校時代にも居たわ」
「んっ?」
「ううん、何でもないわ! それよりぃ…… んふっ、誰も見てないから…… ぎゅうぅぅっ! ふふふっ」
ちょっと最後の方の話が聞き取れなかったが、トイレの入り口の前でユアが抱き着いてきた!
一応奥まった場所にあるから他のお客さんとかには見られることはないが…… 誰か来たらビックリされちゃうから!
「んふー! ……すんすん、ヨウ成分をチャージしないと! はぁ…… イライラが落ち着くわぁ……」
コ、コラッ! 胸元に顔を埋めないでよ! リップグロスとかYシャツに付いちゃうから…… ああ、もう。
「んふふっ…… 大丈夫よ…… すんすん、バレないわ……」
好きにして…… という気持ちを込めて、腕を回しユアの背中をポンポンと叩く、すると……
「キャッ! ごめんなさい…… って、唯愛ちゃん、こんな所で何してるの?」
「あっ、亜梨沙さん! んふふっ、ちょっと休憩してました」
「トイレ前で抱き合いながら休憩って…… ああ、あなたが『例』の……」
この人、ヴァーミリオンの店長さんだっけ? たしか
「は、初めまして、店舗開発部の大倉です」
「……唯愛ちゃんからいつも話は聞いてるわ、ヴァーミリオン店長の古江です、よろしくね、大倉くん」
「んふっ!」
一応挨拶をしているんだけど、離れてくれないユアに俺と古江さんは少し苦笑いしながら自己紹介をした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます