この後どうする?

「じゃあ大倉くん、十九時に『虎屋』に集合だから」


「はい、お疲れ様でした」


 十六時過ぎに仕事を終えた俺は大庭竹部長に挨拶をして退社した。

 

 本当は仕事終わりに部長と一緒に慰労会の会場である居酒屋『虎屋』に行けば一番楽なんだろうが、時間も中途半端だし何より……


『今終わったよ』


『あたしも! じゃあヴァーミリオン前のあの喫茶店で待ってるから』


 ユアと一緒に会場である居酒屋に行こうと約束をしていたから、俺は急いで会社を出て待ち合わせ場所に向かった。


 時間潰しに二人で街をブラブラするか、そのまま喫茶店でおしゃべりしながら時間まで居るかは分からないが、とにかくギリギリまで一緒に居たいみたいだし、憂鬱な慰労会前にユアと話して癒されたい。


 そして会社から歩いて十数分、喫茶店の前に着くと、窓際の席に座って手を振るユアがガラス越しに見えた。


「おまたせ、ユアも仕事終わるの早かったんだね」


「うん! 慰労会があるからって後は他のスタッフに任せて店長とあたしは早く上がらせてもらったの! ふふっ…… お疲れ様」


「そうなんだ、ユアもお疲れ様…… さて、この後どうする?」


 そしてユアの隣に座るとすかさずユアは俺の腕を取り、いつものようにくっついてきた。


 ……何故隣に座るのかって? 向かい合うように座るとユアが怒るから仕方ないだろ。


「喫茶店で時間を潰して行きましょ? きっと慰労会中はこんな風にヨウと一緒に居られないから、今のうちにヨウにくっついて元気をもらわないと!」


「帰ってからでもいいんじゃないの?」


「ダーメ! 今日はお酒を飲むことになりそうだし、帰ったらすぐに寝ちゃいそうだから今じゃないと!」 


「ダメなんだ…… まあいいや、とりあえず何か頼もうかな?」


「あっ! さっきヨウの分もホットコーヒーを頼んでおいたから大丈夫よ! ……コーヒーで良かったんだよね?」


「ああ、ありがとう」


「んふふっ! ……ついでに甘いパンケーキも頼んじゃった! 二人で食べましょ?」


 お酒を飲むなら悪酔いしたら困るし軽く食べておいた方がいいよな。

 それよりも心配なのが……


「ユアってお酒は大丈夫なの? この前のデートの時は軽く飲んでいたけど、強くないなら勧められてもあまり無理して飲まないようにね」


 この間はスパークリングワインをグラスで二杯飲んでふわふわした感じになっていたからなぁ…… 

 会社の、しかも鎌瀬部長が中心となった慰労会だから特に心配だ。


 俺がいるから酔っ払って最悪潰れたとしても連れて帰れるしいいんだけど…… 


 ふと頭の片隅に追いやっている『ビッチ』という単語が浮かんでしまう。


 ユアが『ビッチ』だという噂があったことは本当だが、はたしてユアは本当に『ビッチ』なのか今は疑っている。


 ……エッチなのは間違いないが、遊んでいる感じが全くしないんだよ。

 ここ数日泊まりに来て長い時間一緒に過ごしているが、怪しい行動どころかスマホもあまり触っていない。


 隙あらば俺にくっつき、スマホに何か連絡があれば俺に見えてようが関係なく触っているし…… お姉さんとのやりとりも丸見え。


 ポゥさんの話題や俺の家でどう過ごしているかなど…… さすがに『お礼』関係の話題は出していないが、楽しく過ごしている様子を自慢するように伝えていた。


「お酒ねぇ…… 二十歳になった記念に友達と一度飲みに行った事があるんだけど、その時友達に『唯愛は飲み過ぎちゃダメ!』って注意されたことはあるわ…… でもその時のことをあまり覚えてないのよね、大して飲んでないはずなんだけど」


「それって…… お酒に弱いからじゃない?」


「うーん、友達曰くあたしは『強い』みたいだけど、記憶が曖昧で…… だから飲み過ぎないように気を付けるわ! ……ヨウがあたしを酔わせてエッチなことをしたいっていうなら別だけど、ふふふっ」


「いや! そんな事しないよ! ただ、心配だからさ…… お互い飲み過ぎないようにしよう」


 まだ自分でどれくらい飲めるか分からないし…… そういえば二十歳になった時、親父が『酒には気を付けろ、気が大きくなって羽目を外してしまうことがあるからな』とか言ってたよな。

 隣で母さんが両手を頬に当ててニヤけていたのが少し気になったけど。


「そうね! それにヨウならお酒なんて無くてもあたしにエッチなことを…… んふっ!」


「えぇっ!? そんな事……」


 してない! とは言えない!

 昨日だって黒糖まんじゅうを二つほどペロッと食べて…… 


 ユ、ユアがどうしても食べて欲しいって言うから! 少し味見をしただけで、貪るように食べたわけじゃないよ? ……本当だよ? ……うん。


「んふふっ……」


 ユアは俺が何を思い出しているのか分かっているような顔をしながらムニュリさんを押し付けて笑っているし。


「……おまたせしました、コーヒー二つにパンケーキになります」


 ほら! 女性の店員さんが冷ややかな目でホットコーヒーを運んできたよ? 少し離れて……


「ありがとうございますー! ふふっ」


「……ごゆっくり ……ばくはつしろ」


 ……えっ? 去り際に何かボソリと言っていたような気がするんだけど、空耳かな? 


「……痛っ!」


「店員のお姉さんをジーっと見つめてー! ヨウのエッチ!」


「ち、違う! 今最後にボソっと何か言ってたような気がしたから、それが気になっただけで、見つめてはいないから、太ももをつねらないで!」


「ふーん、まあいいわ、許してあげる…… きっと店員のお姉さんは『お幸せに』って言ったのよ! 間違いないわ!」


 ユアがそう言うならそうなのかも……

 今にも舌打ちしそうな顔だったけど。


「とりあえず何でもいいじゃない! はい、あーん!」


「むぐっ!?」


 いつの間にパンケーキを切り分けていたのか、ユアに少し強引に口の中に入れられた! ……でもメープルシロップたっぷりで甘くて美味しい。


「んふっ、美味し!」




 結局俺達は慰労会の集合時間ギリギリまで喫茶店でベタベタしながら時間を潰し、会計の時に店員のお姉さんに少し睨まれたような気がしたが、店を出て虎屋まで並んで歩いて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る