おかえり、ヨウ

「大倉、お疲れ…… って、急いでいるようだな」


「すいません! お疲れ様でしたー!」


 頑張ったおかげで残業が一時間で済んだ! ……よし、帰るぞ。


 少し早歩きでの帰宅。

 どこも寄り道せずに真っ直ぐ自宅を目指す。


 どうして俺はこんなに頑張っているんだ?


『ヨウ……』


 ……何となく今日一日、寂しそうな表情のユアが頭の中にずっと浮かんでいて、急かされている気分だった。


 だから…… 仕方なかったんだ。


 そして自宅の前に到着しカバンの中から鍵を取り出そうと探っていると、目の前の扉が急に開き


「あっ、やっぱり! ふふふっ、おかえり、ヨウ」


 エプロン姿のユアが笑顔で出迎えてくれた。


 勘違いしちゃいけない! ……でも


「た、ただいま、ユア」


「んふぅー! ……良いわ」


「へっ?」


「何でもなーい! ほら、早く入りなよ」


 そして手に持っていた俺のカバンを受け取り、リビングへと向かって歩き出すユア。

  俺はそのうしろ姿を見つめ、まるで恋…… んんっ!?


「な! なんでズボン穿いてないんだよ!」


 ……ビックリしてしまった。


「ちょっと掃除をしてたら暑くなっちゃって…… ふふっ」


 突き出さないで! ……もう、急いで帰って来て只でさえ心臓がバクバクなのに、別の理由でバクバクしちゃうよ。


 そんなユアの姿を見ないようにチラチラ見ていると…… んっ? この良い匂いは……


「今日はカレーにしちゃった、本当はもっと手の込んだのを作りたかったんだけど、あたしも忙しかったから…… ごめんね?」


「い、いや、謝らないでよ! 作ってくれただけで本当にありがたいから!」


「泊めてくれるお礼のつもりだったけど…… 足りない分はちゃんとするからね? ふふふっ」


「十分! 十分だから!」


「えぇー!? そうなの? 足りないよー」


 本当に十分ありがたいから…… お礼って、『お礼』だよね? 


「とりあえずもう少しで出来るから、手洗いうがいして着替えてきたら?」


「あ、うん……」


 そして、褐色プリンをチラリと見てから、寝室にあるクローゼットから着替えを取り出し…… んんっ?


 整理されてるし、女性物の服が隣にしまってある。

 そういえば帰って来てからちょっと違和感があったんだよな。

 家具の配置は一緒なんだけど…… あれ? あんなところに見たことない芳香剤が…… ベッドの脇には小さくて可愛らしくデフォルメされたブタのキャラクターのぬいぐるみがある。


 確実にユアのだよな…… 今朝までこんなの無かったし。


 あと、リビングの方を覗いてみると、ソファーの脇に見慣れない畳まれたブランケットがある。

 これもブタのキャラクターだ……


「ユア? あのさ……」


「んー? なーに?」


 あっ! よく見たらエプロンも同じキャラクターだ!


「これ、ユアの私物?」


「うん、ブタのポゥさんだよ! 可愛いでしょ? ふふふっ」


 ……ユアさんや、なぜ俺と見比べているんだ? ブタと言いたいのか?


「……すっごく可愛い」


「…………」


 頬に手を当ててうっとりとした顔をするのはやめて! ……ポゥさんに、だよな?


「それはそうと、早く着替えたら? もしかしてパンツ姿を見て欲しかったの? ふふふっ」


 ……あぁっ!! 部屋が気になって着替えの途中なのを忘れてた!

 

「じーっ……」


「ご、ごめん、すぐ着るから!」


「あら、そう? んふっ、じゃああたしは晩ごはんの準備に戻るわね!」


 

 そして慌ててスウェットを穿いてリビングへ行くと、テーブルにはもう美味しそうなカレーが盛られた皿が置かれていた。


「おぉ…… 美味しそうだね」


「んふふっ、味は大丈夫だと思うわ…… あっ、そういえばちょっぴり辛口だけど大丈夫だった?」


「うん、辛口の方が好きだよ、うちの実家のカレーも辛口だったし」


、良かったぁ…… じゃあ食べましょ!」


 んっ? ……まあ、いいか。


「じゃあ、いただきます!」


 ニンジン、玉ねぎ、じゃがいも、とシンプルなカレー。

 肉は鶏肉か…… んっ! 美味い! 


「おいひい!」


「ふふっ、良かった、おかわりもあるしいっぱい食べてね」


 うっ…… いつもの無邪気な笑顔というよりは、優しく見守るような少し大人びた笑顔を浮かべ見つめてくるユアに少しドキッとしてしまった。


「うん、上手く出来た…… うちの実家のカレーは市販の中辛と辛口のルーを二種類混ぜてるの、どう? 美味しいでしょ」


「へぇー! うん、丁度良い辛さで俺は好きだなぁ」


「ふふっ、気に入ってくれて嬉しい! ……うちの味」


「んっ?」


「ううん、何でもないから気にしないで」


「そ、そう…… うん、美味いなぁ……」


 ユアの手作りカレーをリビングで並んで座りながら二人で食べる……


 最近は一人でスーパーの弁当ばかり食べていたので、手作り…… しかも誰かと喋りながら楽しく食事をするのがすごく幸せに感じる。


「どうしたの? ふふっ」


 たとえビッチと噂されていたとしても、こんな可愛い女性とすぐ隣で一緒に食事ができるんだ、幸せだよな。


「でも、思ってたより早く帰ってきてビックリしちゃったわ、遅くなるって言ってたよね」


「あ、あぁ…… 意外と早く片付いてね」


 ユアが待っているから早く終わらせた、なんて言ったら、またからかわれちゃうよな。


「なーんだ、あたしのために早く終わらせてくれたのかと思ってたのに…… 残念」


「ぶふっ! ごほっ、ごほっ!」


「あぁっ! ヨウ、大丈夫? ……ふーん、そっか、そっかぁー」


「はぁっ…… へ、変な所に入っちゃってむせちゃったよ」


「ふーん…… んふふっ」


「な、何で寄りかかってくるんだよ……」

 

「えー? そういう気分なの! いいでしょ?」


 き、気にしないでおこう…… うん、美味い美味い……


 そして、更に密着する形になりながらも、俺達は二人での食事の時間をゆっくりと過ごした。

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