ぷにぷにして気持ち良い

「んふふっ」


 ペロリと指を舐めたあとは、何事もなかったかのように再び食べ始めた真野さん。


 真野さんの行動にドキドキしつつ、俺も平静を装って再びパンを頬張った。


「こんなまったりした朝もいいわね」


 真野さんはそう言いながら俺に寄りかかって、リビングにある大きな窓の方を見ていた。


 俺の部屋はアパートの二階だけど、そこまで良い眺めではない。

 それでも真野さんは少し微笑みながら外を眺めパンを食べていた。



「ふぅ…… お腹いーっぱい! んっ、しょっと」


「ま、真野さん?」


「気にしないでー、ふふふっ」


 食べ終わったばかりなのに横になる真野さん。

 二人掛けのソファーで横になるということはつまり…… 


「もしかしてあたし、重い?」


「いや、重くはないけど……」


 俺の太ももに上半身を乗せるような形で横になってるんだよ、これじゃあ動けないじゃないか。


「そう、なら良かった、うーん、面白いテレビやってないわね…… あっ、そういえば大倉ってどこで働いてるの?」


「えっ? 俺は『AO《エーオー》フーズ』の店舗開発とかを担当する部署で働いてるよ」


「AOフーズって…… あの色んな飲食店をチェーン展開してる…… 『鬼島グループ』の子会社よね?」


「うん、そうだよ、詳しいね」


「だってあたし『ヴァーミリオン』で働いてるから、親会社は一緒なのよね」


 ヴァーミリオンって…… 確か『鬼島グループ』のアパレルショップだったっけ? あっちは社長じゃなくて会長が管理しているんだったよな…… でも……


「あっ! もしかしてあたしが無職とでも思ってた? ふふっ、残念でしたー」


「そりゃ、あまり関わりのなかった俺に泊めて欲しいっていうくらいだから……」


「ふふふっ、今日は有給よ、あたし実家に住んでるんだけど、今回の土日はちょっと家に居たくなくて……」


「そうなんだ」


 そう言って少し表情が曇った真野さん。

 何だか詳しく聞いちゃいけないような気がして、俺は聞き流すように返事をした。


「さっき大倉が取ってくれた下着もヴァーミリオンの商品よ? 社長イメージの真っ赤でセクシーなやつ」


「いや、それは別に説明しなくていいから」


「見たい?」


「い、いや、いいです」


「何でよー! 着けてない方が良かったってこと?」


「そ、そういうわけでもないから」


 只でさえ今もドキドキしてるのに、この状態でそんなもの見せられたら…… 確実に反応しちゃうから。


「ふーん…… 仕方ない、また今度見せてあげるわ」


「仕方ないって……」


「大倉のために今度にしてあげるって言ってるのに! さすがにまたお礼は疲れるでしょ? ふふっ…… それともまだお礼して欲しいの?」


「なっ!? だ、大丈夫だから!」


 お礼…… 今はその話やめて! 思い出しちゃうから!


「まあいいわ、お互いせっかくの休みなんだしのんびりしましょ?」


 のんびりって…… 真野さんのおかげでのんびりは出来そうにないよ。


 ……って『今度』? もしかしてまた泊まりに来るつもりなんだろうか。

 今回は断り切れずになし崩しにこんな事になってしまったけど、次はちゃんと断らないと……


 でも…… うわっ! なっ、止めて!


「大倉のお腹、ぷにぷにして気持ち良い! それに…… 良い匂いね」


「お、お腹に顔を埋めないでよ!」


「いいじゃないの、すぅ…… んふっ」


「真野さん……」


 寝ながらテレビを見ていた体勢からクルンと反対を向き、俺のお腹に顔を押し当てる真野さん。


 時々鼻で大きく息を吸い込んでは、満足そうに笑ってチラリと俺の顔を見ている。


 本当に何なんだ真野さんのこの近すぎる距離感は…… 誰にでもこんな事をしているのか?


 いや、高校時代にこれほどまで親しくなる接点はないはずだから、きっと誰にでも……


 何かちょっとモヤモヤするな……


 真野さんくらい美人だときっとモテモテなんだろうな。

 そして『頼めばヤらせてくれる』んだから、色々経験もあるんだろう。


「すんすん…… はぁ……」


 ……お腹の匂いを一生懸命嗅いでいて少し変だけどね。



 しばらくすると満足したのか、ゴロゴロと寝返りを打ってみたり、俺の太ももをくすぐってみたりと、だんだん暇になってきたようでムクッと起き上がり、もたれ掛かるように俺の顔を見てきた。


「ねぇ大倉ぁー、暇だからゲームしよー? お願ーい」


「はいはい…… 昨日のでいい?」


「うん! ふふふっ、負けないんだから」


 そしてまた昨日のテレビゲームを二人でやり始めた。



「あん! 大倉、ズルいよ!」


「そっちだってさっき同じようなことしただろ?」


「少しは手加減してよー、ふふっ」


 まるで友達のように…… いや、真野さんのスキンシップも多めだから友達よりも親密になったかのように笑いながらゲームをする俺達。


 勘違いしてしまいそうだけど、俺達は案外気が合うのかもしれない。


「はぁー、なんとか勝てたわ!」


「俺自身に攻撃して邪魔するのは卑怯だよ」


「ふふっ、ハンデよハンデ! これくらいなら邪魔のうちに入らないわよ、それともー、もっと激しいのが良かったのかなぁー?」


「そ、そういうわけでは……」


 ビッツを指でツンとするのは卑怯…… だよな? こっちはビクンとなって手元が狂っちゃうんだよ。


「あー、大倉とゲームするの楽しい! また今度しましょうね?」


「今度?」


「また泊まりに来てもいいでしょ? あっ!『お礼』もちゃんとするから…… ふふっ、それとも先払いした方がいい?」


「さ、先払いって…… 別にいいよ」


「えぇっ!? あんなに喜んだような声を出してたのに?」


 止めてとは言ったけど、喜んでいたわけではない…… うん、きっと…… 多分…… 自信ないけど。


「どっちにしても絶対また来るから! はい、約束の指切りー、ふふふっ」


 真野さんは俺の手を掴んで、俺の小指と自分の小指を強引に絡めて指切りしてきた。


「……ふふっ、約束だからね?」


 どうして指切りした後もそんな嬉しそうな顔をして俺の手を握り続けているんだ?


 少なくとも真野さんは俺に対して好印象なんだろう…… 理由は全く分からないけど。


 でも…… 俺も『また会いたいな』と思うくらいは真野さんに対して印象が良い。


 こんな事、人生でもうあるか分からないし…… そうは見えないけど、もし騙されてても仕方ないか。


 そんな事をぼんやりと考えつつ、休みの日を真野さんと二人きりで過ごした。

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