えっ、大倉?

 街の中心部から外れて少し坂を登った方にある一際高い建物。

 周りにはこの建物以外に高い建物は少なく、夜になると街の夜景が一望出来る。

 その建物の十階、最上階になる場所に今日予約してあるというレストランがある。


 高級な店のような店内、しかもこの建物、最上階だけが円形になっていて、すべての席が窓際にあるという珍しいレストランになっている。


「予約していた大倉です」


「大倉…… 唯愛様ですね、お席へご案内します」


 ……えっ、大倉? えっ? 大倉…… 唯愛?


 混乱しながらとりあえずユアと一緒に店員さんに付いていく。

 そして案内されたのパーテーションで区切られ個室のようになった席だった。


「わぁぁ…… ちょうど夕日が沈む頃だから街並がキラキラして綺麗ね……」


「そうだね……」


 本当に見晴らしが良いから景色が綺麗…… いや! それよりもユアさん? 気になることがあるんだけど!


「高校の同級生の千和…… あっ、柴田しばたって覚えてる? その千和の家族にここのレストランを予約してもらったのよねー、普通に予約しようとしてもなかなか取れないのよ、ここ」


「へぇー、人気のレストランなんだね…… それを柴田さんが…… あぁ、覚えてるよ」


 あの小柄で可愛らしい大人しい女子…… ただ、ある一部がとんでもなくデカくて、男子にヒソヒソ言われていた、あの柴田さんか。


 そういえばユアって柴田さんも含めて四人くらいでグループになっていつも一緒にいたよな。


 クラスには他にもギャルっぽくて色々遊んでそうな、見た目だけでいうとユアと話の合いそうな女子のグループもあったけど、ユアはそっちのグループじゃなかったはず。


 俺はあまり女子と仲良く話すこともなかったし、そのギャルグループからは『デカブタ』と裏でバカにされてたから…… あまり女子のグループについては詳しくないけど、たしかそうだったような記憶がある。


「千和も家族と来て、凄く美味しかったって言ってたからいつか来てみたかったのよねー、ふふふっ」


 へぇー、それは楽しみだなぁ……


「旦那さんともこの夜景が綺麗だって言ってたみたいだし」


 旦那さん? 柴田さん、結婚してたんだ…… いやいや、ちょっと待て! って何!? 


 あぁ! 主婦友達みたいな感じか! そうだよ……


「四番目の奥さんが常連だったみたいで、名前を出せばすぐ予約が取れるらしいわ! すごいわよねぇ…… ふふっ」


「よ、四!?」


 はっ? 四番目の奥さんって…… どこの国の話をしてるんだ!? 


「お待たせしました」


 わっ! ……ドリンクが頼んでもないのに来た。


「ふふっ、ありがとうございます」


 ……何で腕を組んでくるの? しかもわざわざ肩に頭を乗っけてしなだれかかって。


 この店でもやっぱり窓際に座った俺の隣に座り、景色を見つつ俺の手を握ったりとベタベタ…… 


 もちろん恥ずかしさもあるが、段々と絆され、慣れてきている自分が少し怖い。

 そしてグラスを片手に持ったユアが微笑みながら俺の顔を見つめてきて


「んふふっ…… 乾杯しましょ?」


「あ、あぁ…… そうだね」


 結局『大倉』で予約していた理由を聞きそびれちゃったけど…… まあ、いいか。



 ◇



「うふふっ、葵ちゃんにお店選びを頼んで良かったわぁ」


「ママ、ちょっと早く離れてよ!」


「やぁん! そーくん、美海がいじめるぅ!」


「総一! ボーっと景色を見てないで何とかしなさいよ!」


「……晴海さん、いい加減俺の膝の上から降りて下さい」


「やっ!」


「ママ! 次は私の番よ!」


「普通に景色を見ればいいのに……」


「そーくんに後ろから抱き締めてもらいながら見る景色がいいの!」


「そうよ! 分かってないわね、総一は ……ほら、大海もそう言ってるわ!」


「あぅー!」



 ◇



 隣が少し賑やかだな…… 子供の声もするし家族連れかな? 


「ふふふっ、美味しい……」


 ディナーのコース料理が次々と運ばれてきて、料理の美味しさに感動しつつ二人きりの時間を楽しんでいた。


 メインの肉料理…… 長い料理名を言っていたが、トリュフがどうとか説明していたけどちゃんと聞いてなかった…… でも美味しい。


「ねぇ…… ヨウ…… んふふっ……」


 あのさ、ユアさん? さっきから一口食べては俺の太ももをナデナデしてるけど、どうしたの?


「美味しいね、んふふっ……」


 少し目がとろーんとしているけど…… まさか食前酒のスパークリングワインで酔っ払った? 飲みやすいからってまた食事中も頼んでいたし。


「ヨウぅ…… んふっ、可愛い……」


 うぅっ、か、顔が近いよ! ほら、もう少しでデザートが来るよ?


「デザート? ……何かなぁー?」


 はぅっ! ……それはデザートじゃないからズボンの上から触らないで! スパークリングしちゃう!


「ヨウったら顔が真っ赤よ? お酒弱いのねぇー」


「い、いや、これはお酒のせいじゃなくて……」


 目の前には可愛いユアの顔、腕を挟まれるようにムニュリさん、ビッツをツンツンさわさわ…… 顔が赤くなっても仕方ないよね!? ねっ!?


「お待たせしました、デザートに……」


 あぁっ!? ユ、ユア、離れて! ウェイターさんが困惑しているから!


「……ごゆっくりどうぞ」


「ありがとうございます、ふふふっ『ごゆっくり』だってぇ」


 は、離れて…… 


「いやぁん…… どこ触ってるのぉ?」


 ムニュリとされている腕を離してもらおうと動かしたら、より深みにハマってさあ大変! 大きなムニュリさんを支える縁の下の力持ちな布が見えて……


「んふっ、どんなのを着けてるのか気になったの? ヨウったらエッチなんだから」


「ご、ごめ……」


「帰ったら好きなだけ見ていいから、我慢よ…… ふふっ、デザートも美味しそう!」


 そして胸元を少し直したユアは、何事もなかったようにデザートを食べ始めた。


 我慢って、帰ったらどうなるんだよ…… 


 

 ◇



「あぁう! あー!」


「あらあら、大海ったら夢中でお外を見てるわ、うふふっ、ピカピカして綺麗ねぇ」


「あー、美味しかったぁ! ……総一?」


「うわぁ…… 下を見ると怖いね……」


「大海は楽しそうに見てるのに、パパは情けないわね」


「うふふっ、大丈夫よ、そーくん…… よしよし」


「またママに甘やかされてるし……」



 ◇



「それじゃあまたよろしく頼むよ、私はこのままホテルの方に少し顔を出してくるよ…… 今頃お楽しみ中だろうがな」


「はい、今日はありがとうございます、ごちそうになりました」


「ではまた、鎌瀬くん」





 ……浦野社長も好き者だな、お気に入りを他の客に貸し出すなんて…… まあいい、私は次の商品を差し出すだけだ。



「んふふっ…… ヨウぅ……」



 んっ? あれは! ヴァーミリオンの…… その隣にいるのは……


「ほら、帰るよ、ユア……」


 店舗開発部の…… 大倉だったか?


 なるほど、そういう関係だったのか…… ふふふっ、上手く利用すれば面白い事になりそうだな。


 せいぜい今の内に彼女と楽しんでおくといい、大倉くん。


 ……最後になるかもしれないからな。

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