助けてくれてありがと……

「んふふっ、ただいまぁー」


「おっと…… 大丈夫?」


「だいじょうぶよぉ! はぁー、やっとかえってこれたぁ」


 フラフラしながら靴を脱ぎ、笑顔でリビングへと歩いていくユア。

 そしてリビングのソファーに座り、おもむろに…… 


「ふんふーん♪ ふふーん♪」


 着ていた服を次々と脱いで…… ちょっと! 下着まで脱ごうとしないで!


「ユア! Tシャツ持ってくるから待って!」


「えぇーっ!? だってあついんだもーん! ふふふっ」


 だぁぁぁー!! すっ…… ぽんぽんぽーん!! ああ、もう! 待ってって言ったのに!


「……いつもみたいに『はわわっ!』ってならないのねぇ、もうあたしのをみなれちゃったー?」


「そ、そんなわけないだろ!? いいから早くTシャツを着て!」


「ふーん…… ねぇ、ヨウ?」


 だ、だから着てよ! そのまま近付いて来られたら……


「助けてくれてありがと…… やっぱりあたしのピンチにはヨウが来てくれるのね」


 なっ、急に真面目な顔になって抱き着いてきて…… どうしたんだよ。


「『また』助けられちゃった…… んふふっ」


「やっぱり…… 高校の時のアレは…… ユアだったのか?」


「えぇっ、気付いてなかったの!? ヒドいわぁ…… じゃああたしが何でこんなに頑張ってヨウにアピールしていたと思ったの?」


 いや…… ただ単にユアが『ビッチ』だからだと思って、それにあの時のユアは…… んっ? アピールって?


「ヨウにカッコ良く助けてもらってから、あたしは…………」


 ……あたしは? 

 その次の言葉が出て来ないのか、それとも言いたくないのか……


 でも…… いや、聞いちゃダメなんだな。

 ……ここは先に俺が言わないと!


「ゴメン、高校時代のことは正直ユアだと気付いてなかった、でも…… 今日はユアだから必死に助けようと思って動いたんだ」


「……何で?」


「それは…… いつの間にか俺にとってユアは大切な人になっていて、それで…… その……」


「大切ぅ? ……それでそれで?」


 何かを期待するような目でニコニコしながら見つめてくるんですけど…… ユア、さっきまで酔っ払ったような喋り方をしていたのに、急に普通に喋るようになったし。


 でも、酔った状態のユアに言っていいのかなぁ? ちょっと不安というか、明日になって『覚えていない』と言われたらショックだな。


「もう! 続きが気になるんだけど! ねぇ、それで? 大切な人のあたしがどうしたの? んふふっ!」


 グイグイ来るなぁ…… でも、いつものことか。

 

 再会してから今まで散々ユアにグイグイ来られて、短い期間だが濃厚な時間を二人で過ごして、いつの間にか俺にとってユアは大切な人だと思うようにまでなったんだ。


 だから……


「ユアが大好きだから…… 酷い目に合わせたくない、奪われたくないから助けに行ったんだ」


「大好き…… んふふっ、ありがと! でもぉ…… 奪われたくないならぁ…… 今のままの関係だったら、心配じゃない?」


 ……そこまで誘導しようとしてる! ユアちゃん策士だね。

 でも心配だし、ハッキリさせたい!

 

「ユア…… 大好きだから俺と付き合って下さい!」


「……はい! んふふっ、あたしもヨウがずーっと大好きだったの! やっと言えたわぁ! ふふっ、ふふふっ…… これからもよろしくお願いします! ……あぁん! ヨウぅっ! 大好き大好きぃー!!」


 ん、んんーっ!? ユアの唇が、俺の唇に……




 そして、よく言うファーストキスの味とやらは分からなかったが……


 ファーストキスの香りは……

 ほんの少しだけ、お酒臭かった。



 ◇



「……古江さん」


「…………」


「……その様子だと分からなかったみたいですね」


「はい…… 鎌瀬は『私が真野さんを狙っていて、私が部下に協力を求めた』としか言わなかったです」


「……部下の人達に聞いても『鎌瀬部長に誘われて真野さんと少し遊ぶつもりだった』としか言わなかったよ」


「ヤエちゃんの撮影した動画に映っていた鎌瀬と一緒に居た人も、後ろ姿しか映ってなかったから…… 特定出来なかったです」


「そうですか……」





 何故私達が鎌瀬をマークしていたか、それは…… 唯愛ちゃんが雇われる前にヴァーミリオンで働いていた子が突然辞職した事がきっかけだった。


 それまで辞める気配すらなかったその子が突然音信不通になって、一ヶ月後くらいに辞職願だけが郵送されてきた。


 そんな無責任なことをするような子じゃないと思っていたからかなり驚いたが、そういう風に退職する子もいるという話も聞くし、仕方ないとその時は思っていたのだが……


 それから数ヶ月後、偶然その退職した子を街で見かけてしまった。

 しかも私の知っている可愛らしい服装や髪型ではなく、髪色も派手で露出も多い…… 言い方が悪いかもしれないが、いわゆる夜の仕事をしている女性のような格好をして、男性に肩を抱かれ歩く姿を見てしまった。


 そして、その時に隣にいた男性が…… 鎌瀬だった。


 その後、少し後を追ってみたけど見失ってしまい、どこへ行ったのが分からなくなってしまった。


 でも、見かけた時の…… あの死んだような目をしたあの子がどうしても気になってしまった私は、娘の友人の親御さんで、探偵をしている『大沢さん』に相談してみる事にした。


「『鎌瀬』か…… 古江さん、実は鎌瀬という男、オレが追っている件にも絡んでいるんだ、調査費用はいらないから、古江さんと働いていた子の働いていた当時の情報が欲しい」


「それは…… はい、知っている限りでいいのなら……」


「……しかしその子を救えるかまでは分からないぞ? 多分、オレの勘が正しければ鎌瀬を使っている更に大きな人物が裏にいるような気がしてな……」


 そして、詳しくは教えてもらえなかったが、どうやら鎌瀬を使っている人物は…… 若い女の子を集めて何かをしているみたいだった。


 何かというのは…… 何となく予想がついてしまった。


 派手な格好、肩を抱かれ歩いている姿、そして見失った場所は…… 高級ホテルのすぐそば。



 それから私達は…… 


「鎌瀬の動きは?」


「はい…… また違う女性を連れてタクシーで移動していました、そしてホテル前で別の男性と接触して、鎌瀬と入れ替わるようにマークしていた女性は別の男性とホテルに入って行きました」


 大沢さんと大沢さんの事務所で働く同僚の方が話しているのが聞こえてきた。


 あれから何度か近況報告を聞くために探偵事務所に訪れているのだが、あの子の情報は無くて、鎌瀬とも接触していないみたいだ。


 そして鎌瀬は見かけるたびに違う女性と歩いているらしく、しかもホテル前で別の男性と引き合わせてその場を後にするらしい。


 しかも大沢さんが小声で女の子を売っている、と言っていたのも聞こえた……


 あの子…… そんな事に巻き込まれていたなんて……


 

 そして…… あの子の行方を探るための絶好のチャンスが来た。


『パープルサウンド完成の慰労会』


 新人の女性社員や販売員が多く呼ばれているらしく、あとはほぼ鎌瀬の部下……

 大沢さんの予想だと『鎌瀬は絶対に何か行動に出る』と言っていたので、私もあの子の行方と無事を確認するためにその慰労会に参加することにした。


「慰労会、楽しみー!!」


 そしてヴァーミリオンから私だけ参加するとなると鎌瀬の動きを探っているのがバレるかもしれないと思い、本当は巻き込みたくなかったが唯愛ちゃんにも慰労会に参加してもらうことにした。


 あと大庭竹さんにも協力してもらって慰労会当日を迎えたのだが…… まさか唯愛ちゃんが狙われるなんて。


 慌てて大沢さんに連絡をして居場所がすぐに分かったから助かったけど…… 怖い思いをさせて本当に申し訳なかった。



 そして……






「……パパから連絡が来た、鎌瀬はそのまま帰ったって」


「……失敗ね」


「あの…… 古江さん、ヤエちゃん…… あのバーのマスターが誰かに連絡しているのを録音しましたよ?」


「「……えっ!?」」


「ちょっとトイレに行きたくてトイレの場所を探していたんですけど、その時にマスターがコソコソ電話していて…… 『浦野さん、逃げて下さい』って聞こえたような……」


「大庭竹さん!」


「……ナイス、リキくんパパ」


 ……裏にいる人物の名前かもしれない! 早速大沢さんに知らせないと!

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