ゆるせなーい!

 ◇


 あらら、唯愛ちゃん派手に暴れたみたいね…… でも、こうするしかない状況になってしまったのね…… 私のせいだわ、ごめんなさい。


「あたしたちのせいにしようってつもりぃ!? ……ゆるせなーい! あぁん、ヨウ、このわるイケメン、クズよ! クズ!」


 ……ずいぶんと酔わされたみたいね。

 でも、唯愛ちゃん大して飲んでなかったわよね? まさか一次会の時から…… 


 そうだわ、途中から唯愛ちゃんの飲み物は鎌瀬部長の部下が注文していたはず!


 飲みやすいお酒でアルコール度数が低いから大丈夫とか言って勧めていたけど……


「……エリちゃんママ」


 わっ!! い、いきなり背後から声がしてビックリした! ……あれ? 『大沢さん』じゃなくて……


「ヤ、ヤエちゃん!? どうしてここに……」


「……今日パパは別の件を追ってるみたい、だから私がこっちの件を頼まれた」


 大沢さんも忙しいのね…… 別の件といってもこの件とも絡んでいる話だと思うけど。


「なっ! い、いつの間に! ……んっ『大沢』、だと?」


 本当は鎌瀬に用があったんじゃなくて、その裏にいる人物を知りたかったんだけど…… 


「……ダメだった、その前にあの娘も暴れちゃったし」


 うん…… 唯愛ちゃんの安全が一番よね。


「マ、マスター! 店が滅茶苦茶にされたんですよ! それに私や部下も暴力をふるわれて……」


 あら? まだ唯愛ちゃん達のせいにしようとしているの? ……何のために私達が『探偵』…… 大沢さんに依頼したのか分かってないみたいね。


「…………」


 マスターの方が賢いみたいね、何も言わないけど鎌瀬に向かって小さく首を横に振っているもの。


「……くぅっ! ならば私が警さ……」


「……これ、店に入る所から撮影してた」


 さすがヤエちゃん! 大沢さんが『ヤエは図体はデカいけど、何故か存在感を消せるから、尾行に関してはオレよりも優れている』って前に言っていたのを覚えているわ!


「……この倒れている二人があの娘に手を出そうとしている所も、度数の高いお酒をジンジャーエールに混ぜたのもバッチリ撮れたよ」


 ヤエちゃんが手に持っているスマホの画面を鎌瀬に向けると


「ぐぬぬっ! いつの間に……」


「……あと、店の前でこんなのも撮影した、パパに一応送っておいたけど、この人も関係者?」


「っ!? ……け、警察には連絡しない! こちらも部下や私が怪我をしているが訴えたりもしない…… だからそれで無かった事にしてくれ」


 無かった事!? ふざけるんじゃないわよ! こっちは可愛い後輩の唯愛ちゃんが危ない目に……


「……エリちゃんママ、この娘達のためにも『今は』その方がいいかも」


 な、何を言ってるの!? ……んっ? ヤエちゃん、急にスマホの画面を見せてきてどうしたの…… って、うわぁぁ……


 唯愛ちゃん…… やりすぎよ。


 唯愛ちゃんの怯え方…… というか怒り方を見て、襲われそうになっていたのかと思ったけど…… これ、ただ腕を軽く触れられたようにしか見えないわ!


 下手したら服に指が触れたくらいの…… 唯愛ちゃん、どれも触れられそうになった瞬間に手で払ったり投げ飛ばしているわ、もの凄い反応速度ね…… 何か格闘技でもやっていたような動きだし。


 ……反撃が速すぎてこれなら唯愛ちゃんから仕掛けたと言われたらそう見えてしまうかも。

 この証拠を警察に見られて、鎌瀬が『唯愛ちゃんが暴れた』と騒げば、場合によっては警察のお世話になるのは……


「……分かったわ」


「ありささん、なんでゆるしちゃうんですか!? あたしをいやらしいめでみてたんですよー? あぁん、ヨウ、あたしこわかったぁぁん…… すんすん……」


 完全に酔っ払いね…… 怒っているんだか甘えているんだか…… 彼の匂いを嗅いでいつもの気持ち悪い笑い方をしているし。


 これ以上、今の状態の唯愛ちゃんがここにいると話がややこしくなりそうだから……


「大倉くん、後日説明するから、今日は唯愛ちゃんを連れて帰ってもらえる? ……面倒な事にならないように私達が話をつけておくから」


「……で、でも!」


「この場は私達に任せてくれないかな? それに……」


「んふふぅ…… すんすん……」


「唯愛ちゃん、早く休ませてあげた方が良さそうよ…… あっ、お水も飲ませてあげてね?」


「……そうですね、分かりました」


「んふっ、ヨウったらどこをさわってるのぉ? ……エッチなんだから!」


「さ、支えるために腰に手を回してるだけだよ!?」


 うん、早く帰りなさい。


 ……あと『お酒の勢いで』っていうのはやめておいた方がいいわよ?

 

 ……大切なんでしょ? 唯愛ちゃんのこと。


「それじゃあ…… すいません、あとはよろしくお願いします」


 ……ふぅっ


 さて…… 鎌瀬さん? あなたに聞きたいことがたくさんあるの。


 話してくれるかしら?



 ◇



 いきなり現れた古江さんと大庭竹部長。


 大庭竹部長は何かを探していたのかすぐに個室からいなくなったけど……


 それにしてもいきなり大きな女性が現れてビックリしたなぁ。

 俺も百九十センチくらいあるけど、同じくらい身長が高かった。

 それなのに既に個室の中にいたなんて、全く気付かなかった…… 気配すら感じなかったし普通あれくらい大きかったら目立つから気付くよなぁ……


 それで俺達より少し年上っぼさそうな女性がスマホを見せた途端、勝ち誇ったような鎌瀬の顔が一瞬にして青ざめて…… 『無かった事にしてくれ』だもんな。


 とりあえず…… ユアが無事なら俺はそれだけでいいんだけど。


 それより……


 あの膝に当たった『ムニューン』…… 鎌瀬ののたうち回る姿…… うつ向いたユア…… これと似たような状況、前にもあったよな。


 たしか高校三年になったばかりの時、悪い連中と仲良くしていると噂のあった他のクラスの男子生徒に無理矢理連れて行かれそうになっていた、学年は分からないけど『黒髪でメガネ』の女子生徒を助けるために…… その男子生徒に体当たりした時も膝に『ムニューン』って感触がした。


 ……あの時は先に警察に通報したんだったかな? でも女の子が人気のない場所に連れていかれそうになってたから、慌てて先回りをして、あの男子生徒に体当たりして女の子を逃がそうしたんだっけ? 


 何か叫びながらのたうち回る男を見て、焦って今度は救急車を呼んだ記憶がある。


 そのあとすぐ警察が来て、事情聴取されて…… あの時は黒髪メガネの子が必死に俺を庇ってくれてたなぁ……


「むぅっ! ……ほかのおんなのこのことかんがえてるでしょ! ヨウのうわきもの!」


「考えてないよ!」


「……じゃああたしのこと?」


 いや…… 


「んふふっ、ヨウにたすけてもらっちゃった! しかもじょうきょうがあのときとにてたわね!」


 …………えっ、似てるって?


 

 …………もしかして! そうだったのか!?



 俺を見つめて微笑むユアの顔が……


 あの時の…… 俺の記憶にある黒髪メガネの女の子の顔と重なり…… 


 あの女の子がユアだったということに、俺はようやく気が付いた。

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