俺、何かやっちゃいました?

「ぎゃあぁぁぁぁー! チンが! タマがぁぁぁー!」


 鎌瀬…… 部長?

 えっ? 俺、何かやっちゃいました?  それよりも! ……へっ?


「ユ…… ユア?」


『VIP』とドアに書かれた個室の中は…… 酷いことになっていた。


 ひっくり返ったテーブル。

 その上に重なるように仰向けで倒れている人が二人…… あれ、鎌瀬部長の部下…… だよな?


 そして、その倒れている二人の前にうつ向いて立っていたのは…… ユアだった。



 ◇



 ねぇ! ヨウはまだなの!? ……何か二人でヒソヒソ話して嫌な感じ! ……まっ、別に興味ないから良いんだけどね!


 あたしの身体をいやらしい目でジロジロ見てくるのはだいたいロクなやつがいないって高校時代に嫌というほど経験したから知ってるのよ! 


「真野さん、みんなまだ来ないみたいだから先に飲み物を注文しようと思うんだけど何がいい?」


 ……ふん、ヨウが来たらすぐに帰るからお酒は飲まないわ。


「……ジンジャーエールで」


「えぇっ!? せっかくの飲み会だしお酒飲もうよ!」


 ……何か急に馴れ馴れしいわね! ……こういうのも散々経験したわ。

 どうせあたしの事、軽い女だと思ってるんでしょ!? はぁ…… これだから嫌なのよね…… だから男性不信になっちゃったのよ。


 だからこそ…… あたしを助けてくれて、ちょっぴりエッチだけど真っ直ぐ『あたし』を見てくれるヨウに惹かれて……


 やん! あたしったら、またヨウのことばかり考えて!


「お酒弱いんで大丈夫です」


 弱い…… のか分からないけど、美々と麗菜に注意されたもんね『ユアはお酒をあまり飲むな』って。


「そうなんだ…… それじゃあジンジャーエールを注文するよ」


 あら? 二人とも個室から出ていったけど、注文するのにバーのマスターの所まで行かないといけないのかしら? 面倒な店ね…… ふぅ、早く帰りたいなぁ…… ヨウ、まだかしら?


 そして…… 少しして二人が戻ってきて、ジンジャーエールを手渡された。


「皆来ないね…… 待ってるのも暇だし仕方ない、先に乾杯しちゃおうか」


「はい、それじゃあ……」


 二人と軽くグラスを合わせて乾杯。

 仕方なくジンジャーエールを一口飲んでみると…… 


 うっ…… な、何よこれ! ジンジャーエールみたいな味もするけどジンジャーエールじゃない! お酒の味がする…… しかもちょっとこれ、かなり濃いんじゃ……


 ちょっと文句を言ってやろうと思ったけど…… この男達、あたしをニヤニヤ見ながら上着を脱いでるんだけど……


 危険を感じて立ち上がろうとしたら、足がもつれて……


「……鎌瀬部長から許可は下りたし」


「へへっ、早速味見しちゃうか」


 あれ? 一口だけなのに、ふわふわするぅ…… んっ? な、何よ! 二人して近付いてきて! ……ちょ、ちょっと、触ろうとしないでよ! や、やめっ! 


「さて…… だいぶ酔いが回ってきたみたいだな」


 あたしの腕を掴もうとしているの? 何をするつもり!? さ、触らないで!


 ……触らないでって!


 ……触らないでって言ってるでしょ!?


 ……あたしに触れていいのはヨウだけなの!? いい加減に……


「触らないでって言ってるでしょ!! ……ドラァッ!!」


「ギャッ!! ……へぶっ!」


 あっ…… つい手が出ちゃった。

 床に這いつくばってるけど、ちょっと手が触れただけなのに大袈裟ねぇ。


「お、おい、左古さこ、大丈夫か!? 何をしやがった!」


 何って…… ちょっと手で身体を押して突き離しただけよ?


「……あ、か、春日かすが気を付けろ、コ、コイツ…… ぐへぇーっ!!」


 ドリャァッ! あたしの足に手を伸ばしてどうするつもり!? 触ろうとしたんでしょ!? やめてよね!


「さ、左古ぉぉー!!」


 うるさいわねぇ…… ちょっと足を動かしただけなのにまた大袈裟に倒れて。

 あーあ、テーブルがひっくり返っちゃったじゃない、あなたがお店の人に謝りなさいよ?


「あ、暴れるんじゃない!」


 きゃっ! コイツもあたしに触れようとしてきた! やぁん! こわーい! ヨウ、助けてぇー!! ………えい! オリャァーッ!!


「あっ、ぐぁ……」


 ……あっ、手をパタパタしてたらあなたのアゴにちょこっと手がかすっちゃったわね。

 ……ちょっと大丈夫? フラフラしているわよ? 飲み過ぎ?


 いつの間にか二人ともひっくり返ったテーブルの上で寝てるし…… 二人とも飲み過ぎかしら? 


 もしかしてあたしの腕を掴もうとしたんじゃなくて…… 気分が悪くて助けを求めてたの!?


「あのぉ…… お水もらってきましょうか?」


 うん、その方がいいわね! カウンターにいたマスターっぽい人に言えばいいのよね…… 


 んっ? ドアが開いたような音がしたような…… 誰か入ってきた……


「こ、これはどういう事だ!? 君がやったのか?」


 ……鎌瀬!? 


「ち、違います! 二人が酔いつぶれちゃって……」


「ちっ! バカな奴らめ! ……仕方ない、私が直接……」


 な、何!? 急に近付いてきて! い、嫌っ! 触らないで! 

 鎌瀬があたしを見つめる目が高校時代のあの男と同じような目をしている…… やっぱりあなた達、あたしにいやらしいことをしようとしてたのね!


 こうなったら…… 


 …………


『ユアはどこだ!!』


 あっ! この声は…… ヨウ!!


 あぁん、助けてぇ…… 鎌瀬に…… 襲われるー!

 あれ? ちょっと動いたせいか酔いが回ってフラフラするぅ……


 うぇっ、気持ち悪い……


「なぜアイツが!? この場所は教えてはいないはず…… チッ、面倒な事になった! 仕方ない、ここで怪しまれるわけにはいかないから逃げるしか…… っ!! ぎゃあぁぁぁぁー!」


「ユア! 大丈夫か…… えっ?」


 ドアを開けて駆け込んできた大きな塊…… あっ、あの時みたい!


 うぅっ、吐きそう……


「チンが! タマがぁぁぁっ!」


 ……言ってることまであの時の男と一緒ね、ふふふっ…… うっぷ、危ない危ない。



 ◇



 よく分からないけど悲惨な状況になっている個室…… だけどそれより!


「ユア!?」


「……んふふっ、ヨウぅ、もう! おそいわよぉー!」


 目がトロンとして、ちょっとフラフラとした足取りで俺に近付いてくるユア。


 そしていつものように抱き着いてきたが…… 様子が変だ。


「すぅぅぅー…… んふぅっ、ヨウのにおいがするぅ……」


 …………もしかして酔ってる? 

 何を飲んだかは知らないが、若干ユアからお酒の匂いがする。


「あぁ、あたまがクラクラしちゃう! ……んふふーっ、ヨウのいいにおいのせいねぇー!」


 ユアは抱き着きながら顔を俺の腹にグリグリと押し付けて、時々だらしない顔で笑いながら俺の顔を見つめてくる。


 これは相当…… でも一次会でもそんな飲んでなかったはずなのに、急に酔いが回ったのか?


「ぐぐぐっ…… き、貴様ぁ……!」


「あ、あの、鎌瀬部長…… 大丈夫ですか?」


『ムニューン』としてからのたうち回っていた鎌瀬部長がヨロヨロと立ち上がり、俺達を睨み付けてきた。


「うぐっ…… だ、大丈夫なわけあるか! ……よくもやってくれたな! 『何もしてない』我々に『突然』二人がかりで暴力をふるうなんて!」


「えぇっ!? 俺達は何も……」


「しらばっくれるな!! 私の部下に突然暴力をふるったんだぞ、この女は! それに大倉…… 貴様までその女と一緒になって私に!!」


 へっ!? 鎌瀬部長、何を言ってるんだ?


「ウソつくんじゃないわよ! あたしにいやらしいことしようとしたくせにぃ!!」


 ……なんだと? 

 ……鎌瀬部長 ……まさか三人がかりでユアに手を出そうとしていたのか?


「……はっ! 何を言ってるんだこの女は? 自分からノコノコついてきて、誘ってきたくせに……」


「ウソばっかりいってるんじゃないわよー!」


 ユアが鎌瀬部長 ……いや、鎌瀬を誘った? ……このユアの怒りよう、さすがに俺でも嘘だと分かる。


「はははっ、いいや嘘じゃない、そうですよねぇ、マスター……」


 鎌瀬が個室の入り口の方を見てニヤリと笑った。

 そこには店のカウンターにいた店員が立っていた…… あの店員、このバーのマスターだったのか!


 そして勝ち誇ったような顔をした鎌瀬は俺達を見下すように笑いながら……


「マスター、警察に連絡を……」


「…………」


「……マスター?」


 うん? うつ向いたまま返事をしないが…… どうしたんだ? ……あっ! 誰かマスターの後ろに……


「……はいはい、とりあえず落ち着きましょうね、鎌瀬部長」


「まぁ! 派手に暴れたわね……」


「お、大庭竹…… 部長!?」


 そこには、マスターの肩をポンポンと叩いて笑っている大庭竹部長、そして荒れた部屋を驚きながら見ている古江さんがマスターの後ろに立っていた。

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