今日も一日頑張れるように……

 ふぅ…… 今日も会社に着くのがギリギリになってしまった。


 朝からハイテンションになったユアに色々絡まれて…… 少し疲れた。


 明日の休みに二人で出かけるのがよっぽど嬉しかったのか、スキンシップもいつもより激しめで……


『ねぇ…… ふふっ……』


 朝ごはん中もベッタリくっつくように食べて


『ちょっとー、ちゃんと持っててぇ』


 洗面所でメイクすればいいのに、俺に鏡を持たせて寄りかかりながらメイクするし……


『今日も一日頑張れるように…… ぎゅうぅぅっ!』


 思いっきりハグしてきたりと、家を出る直前までユアは俺のそばから離れなかった。


 ……高校以来、久しぶりに再会したばかりのはずなのに、まるでずっと離れ離れだった親しい友人と接するみたいに…… これ、下手したら恋人以上の距離感じゃない? というくらいベタベタしてくる。


 ……嫌かと言われたら決してそんなことはないが、モテなくて彼女いない歴イコール年齢の俺には刺激が強すぎて、どうしていいか困ってしまっている。


 今のところ悪意は感じなくて、どちらかといえば好意しか感じない、だから余計に何も言えずにされるがまま。


 ……その分良い思いもしてるし文句なんて言えないけど。


 でも、それならどうしてユアは俺なんかに好意を? その辺が今でもよく分かっていない。


 社会人になってからは関わりもないし、高校時代もほぼ接点はない…… 好かれる要素が無さすぎて迷宮入りしてしまいそう。

 やっぱり誰にでもこういうことを…… そう思うとモヤモヤしてしまう。




 そんなことを考えつつ自分の部署に向かっていると


「いやー、これは素晴らしい! 先方が話していた新店舗のイメージ通りになりそうですよ」


 あれは…… うちの部長と営業の鎌瀬部長が何かを話している。


「大倉が上手く調整をしてくれたおかげで、下請けにも予算内で工事してもらえるようになりました」


「私の思った通り、さすがは大倉くんだ、大庭竹おおばたけ部長も良い部下を持ちましたね」


 ……ああ、この間見積りをしたアパレルショップの新店舗の話か。

 ヴァーミリオンとは違う、もう少し若者向けのショップだったかな? あれはオーナーの注文が多くて大変な店舗だったよな、大庭竹部長も困っていたし。


 あの仕事を取ってきたのが鎌瀬部長だから…… 報告にでも来たのかな。


「おっ! 大倉くんじゃないか! 今ちょうど君の話をしていたところだったんだよ! さすが大倉くんだ、私が見込んだ通りの働きだよ!」


「あ、ありがとうございます……」


 うーん…… 正直大変だったから褒められて嬉しいけど…… 過剰というか、持ち上げ過ぎじゃない? わざとらしいというか、何かにつけて『私が』とか強調するけど、遠回しに自分が凄いと言いたいだけのような気がするんだが…… 考え過ぎかな?


「そうだ…… ぜひ大倉くんにも新店舗開業の慰労会に参加して欲しいんだ、来てくれるかい?」


 行きたくない…… けど、大庭竹部長の方をチラリと見ると、少し困った顔をしていて……


「分かりました、参加させて頂きます」


 きっと大庭竹部長も誘われているんだろうな、と思ったので参加することにした。



「大倉くん、断っても良かったんだよ?」


「いえ、部長がお困りのようでしたから」


「あははっ…… まあ部長である私は行かないといけなかったから仕方なかったんだけど、鎌瀬部長…… と、その取り巻きがどうも苦手でね、私一人じゃ心細かったから助かったよ」


「ははっ、分かります……」


 鎌瀬部長を崇拝しているような部下達が集まる慰労会だ、どんな風になるかは大庭竹部長も分かっているんだろうな…… はぁ、憂鬱だよ。


「ヴァーミリオンから来る人も可哀想だね……」


 ヴァーミリオンからも来るの!? ……まあユアには関係ないだろうけど。


「まあ、とにかく悪いけどそういう事で頼むよ」


「はい」



 慰労会は来週の金曜日の夜にあるらしい。

 次の日の土曜日は隔週ある休みの日だからいいか。


 今日も土曜日で半日で終わりだし…… どうしようかな? 昨日急いで仕事を片付けたから、次の準備でもしておくか。



 ◇



 ふんふんふーん♪ ふふっ、明日はヨウとデート♪ 


「唯愛ちゃん、今日はご機嫌ね?」


「あっ、亜梨沙さん! おはようございまーす!」


「唯愛ちゃんの様子からして…… また『例の彼』絡みの話?」


「はい! 明日ついにデートすることになったんです! ふっふーん♪」


「……そ、そう、良かったわね、でも唯愛ちゃん? お店の中でスキップしちゃダメよ? オープン前だからいいけど……」


「はぁーい、ごめんなさーい! ふふっ、ふふふっ!」


「……唯愛ちゃんったら二十歳にもなってデートであんなにはしゃぐなんて、まるで中学生ね、また気持ち悪い笑い方してるし」


 あぁん! ヨウとデート! どこに行こうかなぁー? ショッピングして、カラオケ? 映画? うーん…… ポゥさんショップは行きたいなぁ…… そして夜は夜景の綺麗に見えるレストランで…… ふふふっ!


「し、幸せそうね…… 昔の娘達を見ているみたいでムズムズするわ」


 亜梨沙さんの娘さんって、確かあたしより年上で、高校生の時にデキちゃった結婚したんだっけ?

 お孫さんの写真も見せてもらったことあるけど、可愛かったなぁ…… お名前は梨々華ちゃんだったかな? 

 亜梨沙さんも四十代前半なのにもうおばあちゃんだなんて凄いなぁ。


 はぁっ、あたしもいつかは…… ふふふっ


「また気持ち悪い笑い……」


 その前にお姉ちゃんかな? あんなに幸せそうに仲良くしてるし…… うるさいくらい。

 でもあたしもいずれ……


「あっ、そういえば来週の金曜日、予定空けといてね?」


「ふふっ、ふへへっ…… はい? 金曜日?」


「そう、姉妹店の『パープルサウンド』の開店前の慰労会をAOフーズの人達とすることになっちゃって…… 私一人じゃなくてどうせなら唯愛ちゃんも一緒に来て欲しいみたいよ? ……新店舗の教育係も唯愛ちゃんに頼みたいらしいし」


 AOフーズ!? ……あの嫌なイケメンが来るんじゃないの?


「お断りします!」


「えぇっ!? 仕事の話もあるから来て欲しいんだけど、無理は言えないわね…… 店舗開発の部署の人達も来るらしいから挨拶だけでもって思ったんだけど」


 て、店舗開発…… ヨウの部署!!


「行きます!!」


「……へっ? 無理しなくても」


「行きます!!」


「そ、そう…… じゃあ金曜日空けといてね?」


「はい!!」


 ふふふっ! 早速ヨウに確認しないと! ……メッセージを送信っと。


 ヨウが来なかったら断ればいいし、でも『パープルサウンド』の話をしていたからきっと……


 そしてすぐに返信がきて


『その慰労会、俺も参加する』


 あたしはガッツポーズをして、店の中をスキップして回り、その結果、亜梨沙さんに滅茶苦茶怒られた。

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