じゃあ帰りましょ!

 昼過ぎに仕事を終え帰宅…… と思っていたのだが、喫茶店に入り少し時間を潰している。


 何故かというと……


『もう仕事終わったの!? じゃあどこかで待ってて! 一緒に帰ろ?』


 と、ユアからメッセージが送られてきたから。

 スマホで時間を確認するともうすぐ十六時、ユアは今日十六時半には仕事が終わるらしい。


 金曜日の件などで大庭竹部長と話をしていて退社が十五時と少し遅くなってしまい、小腹も空いていたから丁度良かったんだけど、しかし……


 笑顔で接客しているユアが見えるんだよ、ここ……


『ちょうど良い場所に喫茶店があるからそこで待ってて!』


 後から送られてきたメッセージにあった喫茶店に行ってみると、ユアの働く『ヴァーミリオン』の店舗の真向かいで、窓際の席に座ると店舗の中が丁度見えるんだよ。


 仕事用なのか、少し大人っぽい服装のユアがバッチリ見えるし、時々こっそり手を振ってくるから見ていないわけにもいかない。


 頼んでいたコーヒーを一口飲んで、またぼんやりとユアの姿を眺める。

 そうしているうちに時間は過ぎ、約束の十六時半になった。


「ふふっ、おまたせ!」


 退勤して急いで着替えてきたのか、少し髪が乱れている。


「ユア、髪が少し跳ねてるよ?」


「えっ? ……ヤダぁ、直して? お願い!」


「はいはい……」


 ……んっ? 俺、何も気にせず直してあげてる! ……距離が近くなったのは俺もか? ……頻繁にくっつかれてるから、これくらいは大したことないと無意識に思っているのかも! ……だいぶ絆されているな、俺。


「んふぅー、ありがと! じゃあ帰りましょ!」


 ユアは当然かのように横にきて、ムニュリと腕を組んでくる。

 ただ、これも『またか、仕方ないな』と思えてしまう。


 まあ、何度も一緒に寝ていたらこうなっても不思議ではないのかな? 今まで親しくなった女性がいないから分からないけど。


 しかし『帰る』か…… 俺んちに。


「ねぇねぇ! あたしの働きっぷりはどうだった? 真面目に働いてるでしょ?」


「うん、ちょこちょこ隠れて手を振ってたけどね」


「仕方ないじゃない! ヨウと目が合うんだもん! ふふふっ」


 ムニュウっと押し付けながら隣で笑うユアを見て、俺も自然と笑顔になってしまう。


「でも、ユアが楽しそうに仕事をしているのを見れて俺も良かったよ」


「えっ…… やだぁ…… 恥ずかしくなってきたよ、もう! ……ヨウったら」


 んっ? 今度はうつ向いてモジモジし始めたぞ? 変なこと言っちゃったかな。


「……ふふふっ」


 怒ってはいないみたいだし、まあいいか。


「あー、晩ごはんどうする? そういえば冷蔵庫に何も入ってないや」


「うーん…… それならスーパー寄って買い物してから帰る? あたしが作るから」


「昨日も作ってもらったのに悪いよ」


「泊めてもらうお礼代わりなんだから気にしないで! ……それだけじゃ足りないかもしれないけど」


「た、足りるから! 逆に十分過ぎるくらいだよ!」


「そう? ヨウがいいならいいんだけど…… ちゃんと『お礼』はするから」


「えっ? うん……」


 料理を作るって意味での『お礼』だよね? あれとは違う…… 思い出すんじゃない、俺!


 

「うーん、何を作ろっかなぁ…… 野菜が高いわ…… お肉より魚の方が良いかなぁ?」


 ギャルっぽい服装で、少し肌の露出の多いユアが、唸りながら商品を見定めている。

 その横で買い物カゴを持った俺は、大人しくユアの後を付いて回っている。


「お出汁もちゃんと取りたいから…… おうちになかったもんね、あとは…… もう一品作りたいわね、うーん、値段はだいたい……」


 カゴに次々と品物を入れていく。

 きちんと値段も計算しているみたいで、見た目とのギャップに凄く驚いている。


 だってそうじゃないか? 俺と居る時はすっぴんでダボダボのTシャツだけを着ている姿ばかり見ているんだから。


「……なぁに? そんなに見つめられると照れちゃう!」


「あ、ごめん……」


「いいのよ、ヨウになら、ふふっ」


 くぅっ、何だか調子が狂うなぁ……

 あれこれだらしないというイメージだったユアが、真面目で頑張り屋、しかも家庭的だと知ってしまったら…… 今までのイメージが変わってしまう!


 しかもビッチも…… 怪しくなってきたぞ? エッチなのは間違いないが。

 

 今たまたま遊ぶ男がいないから俺と遊んでいる可能性もあるから、そう簡単にはそのイメージは変わらないけど。


 そして買い物を終えた俺達。

 荷物は俺が持ち、ユアは俺の腕をしっかりムニュリと持っている。


「ふんふーん♪」


 ユアは機嫌が良さそうに鼻唄を歌っている。

 そんな様子を微笑ましく見ながら自宅に帰ってきた。


「ただいまー! さーて、早速料理しないと! ヨウはくつろいでていいからね!」


「いや、悪いから手伝うって」


「じゃあ…… 重いから手で支えててくれる?」


 そしてからかうように笑いながら自分の二つのムニュリを持ち上げて見せるユア……


「く、くつろいで待ってるよ!」


「えぇー!? ……ふふっ、寝てる時は支えててくれるのにね?」


「えっ!?」


「冗談よ! ふふふっ、ヨウったらエッチなんだから!」


 寝ている間の話をされたら信じちゃうじゃないか! やめてくれよドキッとするから…… 

 

 そしてユアは焦った俺を見て笑いながら、ブタのキャラクターが大きくプリントされたエプロンを付けて晩ごはんの準備を始めた。

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