やっぱりヨウはあたしの……

 ……俺のことを知っている? 

 次に何を言われのるかと待っていたら、ユアのお母さんは突然立ち上がりリビングの奥にある部屋に入っていった。


「ママ、急にどうしたのかしら? ……」


「んんっ! ……俺の事を知っているような言い方だったよな ……んっ」


 奥の方からドタバタする音が聞こえる。

『大倉さんちの陽くん』と言っていたが、まさか俺の両親を知っているとか? ……んんーっ、ぷはっ! 


「ユ、ユア!?」


「ママがいなくなった今がチャンスなのよ! ねぇ、もう一回だけ…… ヨウ、お願ーい!」


 ユアのお母さんがいなくなった途端、めちゃくちゃキスしてくるんですけど!

 さっきのお団子屋の時もそうだし、最近家でも頻繁にキスをしたがる……


 ユア曰く『今まで溜まっていた分を発散させるためには仕方ないの!』という謎の理由があるらしいのだが、ここまでくるとキス魔だよ…… キス魔のユア……


「ママが帰って来ちゃうからぁ、早く! お願い……」


 ユアのお願いを断れないのを上手く利用されている気はするが、ユアの頼みだからな……


「あったあった! うふふっ…… まあ! 二人とも仲良しさんね!」


 んーっ!? 帰って来た! 帰って来たからストップだよ! ベロベロストップ……


「ママ! 空気読んでよー! もう!」


「はーい、ごめんなさいね二人とも、ふふっ」


 あぁぁ…… 彼女の親にイチャイチャしている所を見られるなんて…… 恥ずかしい! でも怒られなくて良かったと少しホッとしたのは内緒だ。


「そんな事よりこれを見て! この写真があったのを思い出して探してたのよ」


 写真? ……えっ!? こ、これ……


 ユアのお母さんが持ってきた写真には三人の小さな子供が写っていた。


 三人のうち左側に写っている一人は笑顔でピースをする多分五、六歳の女の子。

 その隣、写真の真ん中にいるぽっちゃりとした男の子は…… 俺だ!


 多分二、三歳くらいかなぁ…… この頃からプクプクして、写真の中の俺は何か照れくさそうに笑っていた。


 そしてその右側、ぽっちゃりとした俺にしがみつくように抱き着いている、日焼けしたような褐色の肌の女の子…… こ、これは……


「ママ、これ、あたしよね!?」


 やっぱりユアだった! この写真いつのだ? 全然記憶にないんだが……


「そうよー、この家を建てる前にね、一年間だけアパートで暮らしていた時期があったのよ、それでその時お隣さんだったのが、大倉さんの家族だったのよねぇ」


 えぇぇっ!? ア、アパート…… いや、記憶にない…… 


 んっ? そういえば俺の実家も新築で建てて…… あぁ、新居に引っ越した記念に撮った写真が実家のアルバムにあったような…… たしかその写真には三、四歳くらいの俺が写っていたはず……


「一年間だったんだけどねぇ…… 唯愛ったら毎日のように陽くんと遊ぶって言って、会えばべったりと抱き着いて、この家が完成して、引っ越しのためにお別れする時、唯愛ったら泣いて泣いて大変だったのよ? 仕方なく大きなポゥさんのぬいぐるみを買ってあげたらしぶしぶって感じで諦めて泣き止んでくれたけど…… うふふっ」


 そうだったのか…… ごめん、覚えてないんだが


「えぇっ!? 覚えてないわ…… でも、ポゥさんに抱き着いたら安心する理由が分かったわ…… やっぱりヨウはあたしの…… んふっ、ふふふっ!」


「陽くん優しいから唯愛のワガママなお願いでも聞いてくれて、余計に懐いてたのかもね」


「ヨウは今でも凄く優しいのよ! そして…… いざという時はあたしを救ってくれる王子様なの…… んふふっ」


「あらぁ! 素敵な人で良かったわねぇ! うふふっ!」


 ……この二人、凄く雰囲気が似ているから気が合うんだろうな。

 昔の写真を眺めながら隣で母親に惚気るユアの話を、俺は恥ずかしくなりつつ大人しく聞いていた。



 …………



「……でね? ママ、ヨウが『俺のユアに何をする!』って、またあたしのピンチに駆けつけてくれてねー、んふふっ」


「まあ! 素敵ぃー!」


 何かだいぶ話を盛っているような気がするが、それで二人が盛り上がっているから黙っておこう。


「それで…… んふふっ! ヨウが告白してくれて…… 次の日に結ばれちゃった!」


「あらぁ! 結ばれちゃったのぉ…… うふふっ、でもそんな素敵なら仕方ないわよねぇ」


 ちょぉぉぉー!! な、何を言っちゃってるの!? ユア、お、落ち着いて! 母親にする話じゃないよ!?


「うん! だってあたしもヨウと結ばれたい気持ちでいっぱいだったから…… ずっと覚悟はしていたし、だからね、ママ……」


 そしてユアは持っていたバッグの中をガサゴソと漁り、一枚の紙を取り出した。


「あたし、初めてを捧げたから…… ヨウのお嫁さんになるわ! んふふっ!」


 この紙…… 『婚姻届』!? 


「……えっ? ユ、ユア、何を言ってるんだ? 俺達まだ付き合い始めたばかり……」


 本当に何を言ってるの!? ……いや、いずれそうなればいいな、とは思っていたよ? でも『初めてを捧げたからお嫁さん』って、ユアはそれで良いの!?


「あたし、遊びでなんか嫌だから、そういうつもりで初めてを捧げたの…… だからこうなったら早くても遅くても変わらないでしょ? ……もしかしてヨウは遊びのつもりだった?」


「そ、そんな訳ないだろ!?」


 色々されたししてきたが、最後の一線は越えないユアの身持ちの堅さは何となく感じてはいたが、まさかここまでとは……


 正直驚きよりも…… そんなユアが俺を受け入れてくれたことが嬉しいという気持ちの方が強かった。


 でも、さすがに親はそう簡単に許してなくれな……


「良かったわねぇ、唯愛…… あーあ、唯愛もお嫁さんに行っちゃうのねぇ…… ママ、ちょっぴり寂しいわ」


 う、受け入れちゃってる! 

 良いんですか!? 今日初めて挨拶に来たんですよ?


「ママもそうだったしねぇ、パパを落と…… じゃなくて、ハメ…… じゃなくて、好きになってもらうために色々頑張ったもの、咲希…… お姉ちゃんも同じようなことをしていたし、親子だからそういう所も似ちゃうのね、うふふっ」


 うふふっ、じゃないですよ? 娘にふさわしいか、とか見極めなくていいんですか? それにユアのお父さんにすら会ってないのに!

 ……俺も両親に連絡しないといけないかなぁ。


「だから、ねっ? ヨウ、この紙に記入して? ねぇ、お願ーい!」


 いやいや! そんなお願いは簡単に聞けないよ! とにかくユアのお父さんに挨拶をしてから、いずれ……


「ヨウ…… 先に記入だけでもぉ…… お願ーい!」


 わわっ!! い、いつもより激しめなムニュリ! で、でも、ムニュリは昨日散々楽しんだから……


「お願い、お願ーい! ふぅぅっ……」


 ひぁぁっ! み、耳に息を吹きかけないで! どこでそんな事覚えたの!


「えっ? しいて言うなら春◯部の幼稚園児かしら? ……ふぅぅぅ……」


 あぁぁっ! や、やめて! ゾクゾクってしちゃう! ……ああ、もう!


「き、記入だけだよ!? いつ出すかはちゃんと家族と話し合ってから……」


「うん! ……やった! やったわぁぁー!! んふふっ、ママ、これであたし、ヨウのお嫁さんになれる!」


「うふふっ、良かったわねぇ、おめでとう唯愛」


 だから『うふふっ』じゃないですよ! 大切な娘さんでしょ? そんな簡単に決めていいんですか!? 


「あら? 陽くんは唯愛の事大切じゃないの?」


「えっ? いや…… 誰よりも大切ですけど……」


「なら良いじゃない! それにもうパクパク食べちゃったんでしょ? なら最後まで残さず食べてね?」


 えぇ…… な、何というか…… 


 お義母さん、ちょっとお下品ですよ?

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