あたしプロポーズされちゃったわ!

 結局、ユアの『お願い』に負けて婚姻届に記入をしてしまった。


『してしまった』と言っているが、別に嫌な訳ではない、むしろ『ユアといつかこうなれればいいな』と漠然と考えてはいたので正直嬉しいことは嬉しいんだ。


「見てママ! 『夫になる人 大倉陽』『妻になる人 真野唯愛』だって! んふっ、ふふふっ!!」


 記入し終わるとユアはすぐに婚姻届を俺から回収して大事そうに持ち、何度も見直しては小躍りしていた。


 こんなに喜んでくれて素直に嬉しいよ? でもお付き合いを始めてまだ何日も経ってないし、プロポーズしたわけでもないんだけど…… 心配になるくらいユアははしゃいでいる。


「あらあら、良かったわねぇ!」


 ユアのお母さん、麻里愛さんもニコニコしながら拍手している……


「あの…… ユア?」


「なーに、あ・な・た? ……キャッ! 言っちゃった! んふふっ!」


 …………


 今にも役所に届け出そうな勢いだけど大丈夫だよね? 何度も言うが嫌な訳じゃない、ただもう少しゆっくりと二人で愛を育んで…… ねっ? そういうものじゃないの?


「……ママ、写真撮って! 友達に送るから!」


 麻里愛さんにスマホを渡したユアは、婚姻届をカメラに写るように広げながら俺の横に座りピッタリとくっついてきた。


「じゃあ撮るわよ…… はい、二人とも笑ってー?」


「んふふっ!」


 えっ? ちょっと…… え、笑顔…… 


 するとシャッター音が鳴り…… もう一度鳴り…… もう一度…… 何枚撮るつもりなんだ?


「うふふっ、これくらいでいい?」


「……うん、バッチリよママ! 早速みんなに送信っと! んふふっ」


 ……本当に送っちゃったの!? 婚姻届を持った笑顔の俺達の写真を!


 これじゃあ今すぐ結婚するみたいに思われちゃうよ!?


 するとすぐにユアのスマホの通知音が連続で鳴り始めた。


「あっ、美々! 返信が早いわねぇ、なになに…… 『結婚おめでとう!』だって! 千和からも来たわ! あっ、麗菜からも! ……みんな『結婚おめでとう!』って言ってくれてるわよ、んふふっ、良かったわね、ヨウ」


 あ、あのぉ…… ユア、さん? 『記入だけ』って話じゃなかった? 


「『結婚式はいつ?』ですって! やぁん、どうしよう…… ねっ? ヨウ…… んふっ!」


 ……結婚式の話まで!?


「唯愛のウエディングドレス姿、楽しみだわぁー!」


 麻里愛さん!! えっ、もしかして…… もう結婚するのは決定!?


「新婚旅行はどこが良いかしら? 海外? それとも国内をあちこち巡って……」


「ユ、ユア! とりあえず『記入』だけで、結婚とかはゆっくりと考えない?」


「……ヨウはあたしと結婚したくないの? うぅっ……」


 ユアの目に涙が!! ああ、泣かせるつもりで言ったんじゃなくて……


「ち、違うよ! したい! したいから、ちょっと落ち着いて! ああ、泣かないで……」


 慌てて抱き締めて頭を撫でるとユアは俺の胸元に顔を埋め、時折鼻をすするような音が……


「すん、すん…… すぅぅーっ…… はぁぁぁー……」


 ……泣いてるのかと思ったら、めちゃくちゃ深呼吸していつものように俺の匂いを堪能してる!! 


「んふふっ、ヨウもあたしと結婚したいって言ってくれた、ママ! あたしプロポーズされちゃったわ!」


「あらぁ、本当ねぇー、間違いなくプロポーズだったわぁ」


 はっ? えっ? ……言質取られちゃった!? ていうかユア、これがプロポーズでいいの!? もう少し雰囲気の良い場所とか、レストランで食事をしながら…… とかじゃなくていいの!?


「ヨウがあたしをお嫁さんにしたいって言ってくれるなら場所なんてどこでもいいわ! んふふっ、あぁん、幸せぇ……」


 ……何がどうなってもこうなる運命なのかもしれない、早いか遅いかなんて本当に関係なかった。


「分かったよ…… ユア、大好きだから俺のお嫁さんになって下さい、お願いします」


「……はい、末永くよろしくお願いします」


 ……ピロン


「んっ?」


「うふふっ、今の様子も動画で撮影しておいたわよ」


「さすがあたしのママ! 早速これもみんなに送るわ!」


 い、いつの間に!? あぁ、みんなに送るのは恥ずかしいからやめて!!


 動画を送信し終わったあとは、ユアはまた嬉しそうに小躍りし始め、麻里愛さんが手拍子して盛り上げていた。


 んっ? 俺のスマホの通知音が鳴ったな、誰だ? ……げっ! か、母さん!?

 何故このタイミングで……


『陽ちゃん、結婚するのね! おめでとう! 今度の休み、唯愛ちゃんを連れて帰って来なさいね!』 


 はっ? な、何で母さんがそのことを…… それより何で母さんがユアを知ってるんだよ!


「何を見てるのー? ……あっ! お義母さんじゃない! んふふっ、メッセージを見てくれたのね!」


 しかも、お義母さん呼び!? 


「ユア、俺の母さんと面識ないよね?」


「ううん、あるわよ、ヨウの家にお泊まりした時にね! ……あっ、ヨウがお仕事している間にお義母さんが訪ねて来たんだった! 言うの忘れてた……」


 大事だよ!? その報告! えっ、ちょっと待って…… 母さん、俺に会いに家まで来たはずなのに一切連絡ないんだけど!


「丁度ヨウと食べようと思っていたスイーツがあったから、お義母さんと一緒に食べながらおしゃべりしたのよ、んふふっ」


 スイーツ? 俺食べてない…… じゃなくて! おしゃべり!? 


「『こんな可愛い彼女が毎日陽ちゃんのお世話をしてくれているなら安心ね!』って言われたの! だからあたしも『ずっと一緒にいたいくらい、優しくて素敵な息子さんですね!』って言っておいたから!」


 あ、ありがとう…… って言った方がいい?


「それでね? 晩ごはんを作り始めなきゃいけない時間になっちゃったんだけど、お義母さんが色々教えてくれたのよ? ヨウの好みの味付けとか、好きなおかずも何品か教わったわ!」


 だからユアの作った料理が俺好みの味付けで、どことなく実家の味に似ていると感じたのか!


 あー、もう外堀は埋まってたんだー! あははっ! ……話を聞いた感じ、母さんもユアの事を相当気に入ってるな。


「今度一緒にランチに行く約束もしているし…… 嫁姑問題は気にしなくても大丈夫だと思うわよ、ふふふっ」


 うん…… そこまで考えてくれていたのね? ありがとう…… 


 ああ、もうダメだな…… これでユアを悲しませるような事をしたら皆から袋叩きだ。


「ユア、俺…… 絶対にユアを幸せにするよ」


「嬉しい…… でも、あたしもヨウを幸せにするから、二人でこれからずーっと幸せに…… ふふふっ」


 まだ色々決めたり、しなきゃいけないことがあるからどうなるか分からないけど、とにかく…… ユアと二人で幸せになるための生活をこれから始めるんだ……


 ……ピロン!


 あぁっ! 麻里愛さんもしかして、また撮ってました!?


「ママ、今のも送っておいてね!」


「はーい! うふふっ」


 とりあえず…… お互いの家族に挨拶をしてからだな。

 だから…… 動画をあちこちに送信するのはやめてね?

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