『ユア』って呼んで?

 ◇


『金曜日だけど今日は帰って来れるんだって! 嬉しい!』


 お姉ちゃんからのメッセージが届き、あたしは『良かったね!』と返した。

 でも心の中で『じゃあ今日は……』と思い、少しだけうんざりしてしまった。


 あたしのお姉ちゃんは三歳年上で五ヶ月前に結婚した新婚さんだ。


 そして今は二人が住む家を建てている途中で、あたしも住んでいる実家にお義兄さんと居候をしている。

 両親もあたしもお姉ちゃんとお義兄さんとの一時的な同居は迷惑とは思ってないし、そもそもみんな仲が良いので問題はない。


 なのに何故『うんざり』してしまうのか、それは…… あたしの部屋とお姉ちゃん達が居候している部屋が隣同士だからだ。


 そして最近仕事が忙しいお義兄さんは毎週土日しか帰って来れない事が多く、寂しい思いをしているお姉ちゃんは毎週土日になると……


 新婚さんだから仕方ないと思うけど、うん…… 特に土曜の夜中なんかは…… 


 だから家に居るのが気まずくて土日は遊びや調査目的のに出ていた。


 そうしているうちに何となくだけどお姉ちゃん達が羨ましくなってしまったあたしは、勇気を出して大倉と接触することにした。


 そして色々頑張って大倉にアピールして、その結果…… あたしは合鍵を貰うことができた!!


 大倉の部屋の合鍵…… これを渡されるということはそういう事だよね!?


 ……やった! やったぁー! ふふふっ


 色々調べたりアドバイスしてもらった成果が出たのは嬉しい。

 恥ずかしかったけど、何としてでも大倉にあたしに興味を持ってもらいたかったから頑張って良かった。


 また一歩前進したわ…… ふふっ。


 でもこれからが大切よね? あたしという存在を忘れられないよういっぱいアピールして、いずれは…… 


 大丈夫…… よね? 千和も美々も麗菜も、お姉ちゃんだってアピールするために頑張ったって言ってたもん! きっとやり方は間違ってはない、むしろ大成功!


 大倉から貰った合鍵をしっかりと握り締め、更に関係が進むようまだまだ努力しようと決意したあたしだった。



 ◇



「ふふふっ……」


 スペアキーを見つめながらニヤニヤしている真野さん…… 一体何を企んでるんだ? 

 まさか俺をからかうためにドッキリでも仕掛けようとでもしてるのか? 

 ……家に帰って来たら真野さんが待っている状況がドッキリのようなものだが。


 でも三日間だけだし、真野さんだって仕事があるからそこまでしてからかわないか。


「ふふふっ、大倉ぁ……」


「な、何? 何で急に抱き着いてくるの!?」


「いいじゃないの、大倉だって寝ている間にあんなにあたしを抱き締めてきたのに、あたしが抱き着いたらダメなの?」


「それは…… 寝ている間だし無意識だから…… でも、ごめん」


「んふっ、謝っちゃうんだぁ…… あんなに押し付けてきたからねぇ」


「うっ! それもわざとじゃないんだけど、ごめん」


「…………」


 えっ? 何で返事をしてくれないの? もしかして怒ってるとか? でも、そのあとに真野さんは……


 お、思い出したらダメだ! 今この状況で思い出すのは危険だ!


「はぁ…… どうしてなのかしら? やっぱり落ち着く……」


「真野…… さん?」


 そして真野さんは何か呟き、再び俺の胸元辺りに顔を埋めた。


 

 ◇



 大きくてふわふわなのに、でもたくましくも感じて…… ずっとこうしていたくなる。

 どうしてだろう? いつも目で追うだけで近付けなかったからその反動で?


 でも…… 寝ている時みたいに大倉にもギュッとされるのもすごく良くて……


 ふふっ、そのうちしてくれるよね、きっと。


 まだまだアピールし足りないけど、いつか大倉から……


 でもちょっぴり怖いな……


 友達やお姉ちゃんに話は聞いているけど、いざあたし達がそういう事をするとなったら…… 大倉、優しくしてくれるかな?


 うん、まだ先の話だよね! そういう事は将来の話をしてからってお姉ちゃんも言ってたし。


 ふふふっ…… 絶対に……


「真野さん、そろそろ離してくれないかな?」


 イヤよ、絶対離さない! 覚悟してね、ヨウ…… メロメロにしちゃうんだから!

 

 

 ◇



「んふふっ…… ヨウ……」


「真野、さん? 今なんて……」


「いつまでも大倉って呼ぶのは変よね? だから…… これからはヨウって呼ぶことにしたわ!」


 へっ!? い、いきなり距離を詰められているような気が…… 


「だからヨウもあたしのこと…… 『ユア』って呼んで?」


 えぇっ!? ……な、名前呼び!? しかも本人からそう呼べって言われるの? 

 うぅーん…… 何なんだこの距離の詰め方は。

 まるで逃げ道を塞がれているような気分だ。


 でも……


「ヨウ…… 『ユア』って呼んでよ、お願い……」


 抱き着きながら可愛くおねだりしないで! ……何故かそれにめちゃくちゃ弱いんだよ、俺。


「ヨウ…… イヤなの? お願い、呼んで?」


 ウルウルと泣きそうな瞳で見つめられると断れないよ…… 


「ユ、ユア…… さん」


「『さん』?」


 ついさっきまでウルウルしていたはずなのに、少しムッとした顔をして俺を見つめている……


「……ユ、ア」


「んふっ! ……なーに? ヨウ」


 さん付けが気に入らなかったのか、呼び捨てにすると途端にパッと笑顔になった。

 だが…… 何故いきなり名前呼びを?


「……もう一回呼んで」


 言わないとまたムッとされるのが分かりきっているし、照れ臭いけど……


「……ユア」


「んふふっ!」


 朝からよく分からない展開になってしまったが、名前を呼ばれた真野さ…… いや、ユアは満足そうに微笑み、再びギュッと力強く抱き着いてきた。

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