褐色プリン

 スーパーから歩くこと五分、俺の住んでいるアパートに着いた。


外観は少し古いが、一年前に部屋をリノベーションしたらしく、部屋の中は新築のように綺麗になっていて、それなのに電車の駅も近く、社会人になって一年の俺にとっては安くて助かる家賃になっている。


 最初家賃を聞いた時は事故物件なんじゃないかと疑ったが、前に住んでいたのは俺と近い歳の女性だったみたいだし、近所の人に聞いても変な噂はなかったから大丈夫だと思う。


「へぇー、良いところに住んでるわね」


 部屋の鍵を開けると真野さんは、家主である俺よりも先に部屋に入り、俺の部屋をキョロキョロと見渡していた。


「うん…… 良い物件を見つけられたからね」


 1LDKで、洋室は四畳半しかないが、引き戸を全開にすると広々としたリビングに見えて、一人暮らしするには最高だと思っている。


「それに…… 立派なベッドね」


 ……俺は身体がでかくて重いから、人より少し大きめで、しっかりとしたベッドじゃないとぐっすり眠れないんだよ。

 洋室はほとんどベッドが占領しているみたいなもんで、誰も遊びに来ないから一応寝室となっている洋室は部屋が広く見えるよう常に開けっ放しにしている。


「ふーん…… 部屋も綺麗にしてるのね」


「綺麗にしてるというか、物が少ないだけだと思うよ」


「シンプルでいいじゃない、気に入ったわ」


 いや…… うん、ありがとう、と言えばいいのか? 強引に俺の家に来たのに。


「部屋の探索はあとにするわ、とりあえずご飯にしましょ? お腹ペコペコだったのよね、あたし」


「そ、そうだね…… 今弁当を温めるから、適当に座ってて」


「ありがとー! ふぅ……」


 そう言った途端、真野さんは俺のベッドにゴロンと寝転がった。

 リビングに二人掛けのソファーも一応あるのに何でベッドなの!? しかもほぼ初対面のような、親しくもない男性の部屋なのに…… 真野さんリラックスし過ぎじゃない?

 しかも丁度この位置からだとスカートの中身が…… 豹柄!?


「このベッド凄く寝心地良さそう! マットレスが良いのかしら…… って、ふふっ、どこを見てるのかなぁー?」


「ご、ごめん! でもいきなりベッドに横になるから……」


「……えい!」


 う、うゎぁぁっ!! ミニスカートだから只でさえ見えてたのに! 真野さん自ら捲るから、褐色のお尻がプリン……


「泊めてくれるお礼よ、見たかったらまた後で見せてあげるから…… ふふっ」


 ビ、ビッチ! 思ってたよりずっとビッチだった!


 はぁ…… やっぱり高校時代の噂は本当だったのか、頼めばヤらせてくれるっていう…… じゃあ俺も頼めば…… 


 い、いやいや! 俺みたいなブタはさすがに無理だよな……


「やん! そんなにじっくり見られると流石に恥ずかしいわ…… ねぇ、ご飯まだー?」


「あ、あっ、ちょ、ちょ、ちょっと待ってて!」


「……ふふふっ」


 からかわれているのか、元々奔放なのかは分からない…… でも、間近で女性の…… 生の褐色プリンを見ることになるとは…… いけない! 静まるんだ、オークビッツよ!


 と、とりあえず買った弁当とおかずをレンジで温めて…… 飲み物は何か適当に…… ひゃっ!!


「ねぇ…… 飲み物もらっていーい?」


 ま、真野さん!? ビックリするからいきなり背後から声をかけないでよ! しかも…… 背中にムニュリさんが当たってるから!


「んー、お茶とコーヒー、炭酸ジュース…… どれにしようなかぁー?」


 勝手に冷蔵庫を開けてるけど…… 家に招くと決めたのは俺だ、もう諦めて好きにしてもらおう。


 ただ、捲れたまま前屈みになり冷蔵庫を漁ってるから…… 豹柄が…… 褐色プリンが……


「炭酸って気分だから炭酸にしよーっと…… ふふっ、これはジュース代ね」


 わざとか!? わざとなのか!? ……さては童貞を弄んで楽しんでいるな?


「ふふっ、おしまい!  テレビでも点けて待ってるわ」


 う、うぅ…… くそぉ…… 真野さんの前屈みのせいで俺まで前屈みになってしまったじゃないか……


 とにかく俺は真野さんにバレないように、背を向けたままレンジの中身をジッと見つめていることにした。



「いい匂いがしてきたね、運ぶの手伝うわ」


「うん、じゃあ真野さんの分を運んでいってもらおうかな」


「うん! ……ふふっ」


 な、なんですか!? そんな俺の顔をまじまじと見つめながら微笑まれると…… うっ! やっぱり可愛いな…… ビッチっぽいけど。


「さあ、食べよ食べよ!」


「じゃあ…… いただきます」


「いただきまーす!」


 ……こうやって誰かと『いただきます』を言い合ってご飯を食べるは久しぶりな気がするな。


 実家に居た時も両親は仕事でいつも遅かったから、みんな揃って食事する時は少なかったし。


「んー! 美味しい!」


 真野さんは弁当を一口食べて笑顔で俺の方を向いた。

 真野さんが選んだのは幕の内弁当みたいな色々おかずが入った弁当だ。

 

「意外と美味しいでしょ? あのスーパーの弁当はどれを選んでもハズレがなくて、それなのに他のスーパーより値段も少し安いからおすすめだよ」


 本当は自炊すればいいのかもしれないが、一人暮らしで仕事から帰ってきてから一人分の食事を用意するのは少し面倒だから、頻繁にあのスーパーに通わせてもらっている。

 だから売ってる弁当は一通りは食べた事あるんだよな。

 

「へぇー、でもスーパーのお弁当ばかりだと身体に悪いよ? 食べさせてもらってるあたしが言うことじゃないけど」


「あはは…… まあ、たまには自分でも作ってるから、毎日スーパーの弁当って訳じゃないけどね、ただ、最近は買った弁当ばかりだけど」


……」


「……えっ?」


「ううん、な、何でもない! ……あっ、大倉の手料理もたべたいなー」


 だよね? ……いや、それよりも『今度は』って、また来るつもりなの!?


「……ダメ?」


 うっ…… そんな悲しそうな顔で、しかも上目遣いで見つめられると……


「う、ん…… 今度来た時は作ってあげるよ……」


 断れないじゃないか。


「やった! 大倉、優しー! ふふっ」


 ……可愛い笑顔は反則だよ。


 そんな事を言えるはずもなく、俺は真野さんから目を逸らして自分のスタミナ満点焼肉弁当に箸をつけた。

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