演劇部に紛れ込んだ星

「か、香月かづきさん!」

「あ、樋笠ひがさくんだ。ヤッホー」

「ヤッホー……」思わず復唱してしまった。

 ノリはまるで梨花りかなのに顔が純香すみか明音あかね和泉いずみを足して三で割らずに二で割ったような少し上位互換だから調子が狂う。

 てか、明音や和泉にしばかれるな。

「先生、もしやそちらが……?」佐藤さとう先輩が御子神みこがみ先生に訊いた。

「いかにも」御子神先生は時々時代劇の世界にひたる。「ジロドゥの『オンディーヌ』でオンディーヌをやってもらおうかと思ってスカウトしてきた香月星かづきせいさんだ」

「まだ決めていませんよお」香月さんは笑って手を振った。「演劇部、興味があったので覗かせてもらいに来ました」

 悪びれずに堂々としている。いや、実に可愛い。

「これは使える……」佐藤先輩がブツブツ言っている。

 もしや清楚可憐な美少女で元ヤンという役も彼女にやってもらうのか?

 すると俺の相手役?

 キスシーンとかあったらヤバイな。

 舞台劇で本当にキスすることはないのだが俺は妄想してしまった。

 御子神先生は演劇部の説明を始めた。

 佐藤先輩に任せても良さそうなのに直々じきじき説明するのは余程のことだ。それほど香月さんを買っているのだろう。

 しかし俺は正直なところ彼女が芝居ができるとは思えなかった。そういう姿は全く想像できない。

 御子神先生がこれまでに行った演目を説明している。

 演劇部は少人数のくせに年に数回公演を行っていた。文化祭では三演目もある。しかもシェイクスピアやチェーホフなど王道クラシックが多い。時々生徒が主体の2.5次元もあるが。

 その演目の台本と演じたメンバーの集合写真などを香月さんに見せていた。

「これって高原和泉たかはら いずみちゃんですか?」

 香月さんが指差した写真には「ドリアン・グレイの肖像」を演じたメンバーが写っていて、その真ん中辺りに和泉がいた。

 和泉はシビル・ヴェインの衣裳を着ていた。

「すごく綺麗で可愛い」

 俺が言ったらふだんは可愛くもないみたいに聞こえるが香月さんが言うと褒められたようにしか聞こえない。

 目を輝かせて素直に感心している。その光り輝くはまさにアイドルだった。俺たちS組にこのキャラはなかった。

「ああ、そうだよ。高原君だ。彼女にはよく助けてもらった。ちなみに真ん中がドリアンで、いつかまた『ドリアン・グレイの肖像』をやる時は君のお兄さんにやってもらおうかと考えているんだ」

「え、リョウがこの役ですか? ウケる」

「お兄さん、いるの?」俺は思わず訊いていた。

「双子の兄なのよ。実は兄がスカウトされているところに私がのこのこ顔を出したわけ」

「知らなかった」

 香月さんに双子の兄がいるなんて。誰もそんな話をしていないぞ。

 俺たちA組はクラス替えしても半分以上同じ顔ぶれ、というのを繰り返したために学園内では隔離されたクラスのようになっていた。外からの情報は入りにくい。

 だから俺はわざわざあちこちに顔を出しているのだが、こんな有名人に双子の兄がいるという情報は得られなかった。

「リョウはボッチだから」香月さんは笑う。「ほとんど図書室にこもっているわ」

「それで先生に見つかったわけね」

「なかなか面白い子だよ。『父と子』のバザーロフも似合いそうだ」いや、意味わからん。

「だから私はついでに声をかけられたの」香月さんは俺に言った。

「いやいやとんでもない。君が本気になれば今まで以上のオンディーヌになる」

「それ、どんな役かわからないのですけれど」御子神先生の口説きに香月さんは困惑していた。

やった時の台本がまだ残っているはず」と御子神先生は扉つき書庫を漁り始めた。

 見えなくなるからな、この人。

「はじめははっきりと断ったのだけれど」香月さんは俺に囁いた。「リョウに、お前には絶対にムリだ、なんて言われるとカチンと来るじゃない?」

 知らないけど、兄妹の関係は何となくわかってきた。兄をうまく利用すれば香月さん、やるんじゃね?

 それからしばらく演劇部の説明を聞いた香月さんは返事こそ保留したが満更でもないような顔をして帰っていった。

 交渉次第で香月さんのみならず彼女の兄も演劇部の助っ人になってくれるのだろうか。

 しかしドリアンとは……。

 俺は中等部二年生の頃を思い出した。

 あの時俺は超若手でミスキャストと言われながらもヘンリー卿の役をしたのだ。

 そして主役ドリアンはあの人だった。

 生徒会の副会長にもなった、当時高等部二年生矢車漣やぐるま れん

 あの人は何度も演劇部の助っ人をしてくれた。ただ、しっかり風紀も乱してくれたが。

 俺はあれを忘れない。

 俺はそこにあった写真を見据えた。

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