姫と勇者

 ときどき俺は気まぐれを起こす。いや、時々ではないな。いつもだ。

 昼休みの余った時間、耀太ようた秀一しゅういちとバスケをする以外にひとりでぶらりと校内をうろつくのだ。

 特に今はまだ四月で、高等部入学生に対して部活勧誘をしている時期だったから、俺は演芸部、演劇部、ボランティア部に入ってくれそうな新入生を探して教室をまわるのだった。

 しかしそれはやはり俺だけではなかった。いきなり佐田さだの姿を見つけた。

「あれ樋笠ひがさくん、君も部活勧誘?」よく一緒になるからそう訊かれる。

 ソフトで人当たりの良い話し方だがこれでも武道部だ。坊主頭にしている男子はこの学校では佐田だけだった。

 先生や上級生に対しても礼儀正しい。しかし本音は見えない。目が細くて仏みたいだから何を考えているのかわからなかった。

 案外何も考えていないのかもしれない。まさに無の境地。違うか。

「今、最も欲しいのはボランティア部の新入部員だよ」俺はにこやかに答えた。

「良いね、が良ければこちらにもまわしてよ」

「それはこっちも」笑い合っていたら教室を間違えた。

「ここじゃね?」高等部入学生ではなく内部進学生のクラスだった。

 顔見知りが多いし、何より俺と佐田のことを宇宙人を見るみたいな目で見てくる。俺たちのことをよく知っているからに他ならなかった。

「「お呼びでない!」」俺と佐田は声が揃った。

「またね」と佐田はすぐさま飛び出していった。

 しかし俺はそこに奇妙な物体を見つけて目が釘付けになってしまった。

 ん? 

 俺はホラー映画のキャラを思い浮かべた。

 机に突っ伏して女の子が寝ている。腰までありそうな真っ直ぐな黒髪が覆っていて顔は全く見えない。

 よく見たらがところどころ跳ねていた。

 昼間から無防備に寝ている女子は少なくともA組にはいなかった。しかもそこにいたクラスメイトたちはその場から離れていて誰も関わろうとしていない。

 これはヤバイやつ?

 それとも具合が悪いのか?

 このままにしておいて大丈夫なのか?

「君、大丈夫?」俺は声をかけていた。

 余計なお世話をする俺の癖は治らない。反応がないからもう一度声をかけた。

 周囲にいた生徒は遠巻きで俺を見ている。

 そんなに珍しいのか? この子に声をかけるのは。

「……おいで……」かすかに声がした。

「え?」

「……おいで……」

「どうしたの?」

 耳元まで近寄って声をかけると右手を頭の横で振った。

 要らんお節介だったか? でも「おいで」って言うから。

「君を呼んでるんじゃないよ」

 男子が一人そばに来ていた。地味で目立たないモブ男だと俺は思った。

「何か用か? 法月のりづき」モブ男がその子の耳元で声をかけた。

 ん? 法月?

 すると突然彼女はガバッと顔を上げた。

 眉間に皺。眠そうな目。額にくっきりついた赤い痕。そして口から顎にかけての乾いた

 それだけ不細工な条件が揃っていてもその子はゾッとするほど美しかった。

 なんという残念美人。

 俺は驚いて声を上げた。「の、法月さん!」

 その子は法月美鈴のりづきみすず。中等部一年の頃一班にいて一学期中間テストで総合一位をとって「姫」と呼ばれていた女子だった。

 その法月がぼそぼそと呟いた。そばに来ていたモブ男が聞き耳を立てた。

「眩しいらしい」モブ男は俺に向かって言った。

「は?」

「陽キャが眩しすぎるそうだよ」

「なんじゃそれ! 俺のことかよ!」

「おいで」

 また法月がそう言うとモブ男は聞き耳を立てる。どうもこいつが通訳らしい。俺とはまともに向き合えないようだ。

「おいでって言うから呼ばれたんだと思ったんだよ」

まぎらわしいけど誰かを呼んでるんじゃないよ。僕の名を呼んだんだ」

「ん」

 俺はようやくモブ男を認識した。こいつは確か生出元気おいでげんき。「おいで」というのはこいつの名字だったのだ。

 しかもこの生出、こいつもかつて中等部一年の一班にいた奴で「勇者」と呼ばれていた。たった今それを俺は思い出した。

「生出君?」俺は間の抜けたような声を出した。

「久しぶりだね、樋笠君」生出元気はニコッと笑った。

 かつての姫と勇者がこんなところにいた。

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