俺たちは知られていた

 学園の正門をくぐった瞬間、俺は「S組の樋笠大地ひがさだいち」になる。

「おっはよー、元気?」

 ほとんど喋ったことのない同級生や下級生に遠慮なく声をかける。下級生女子がキャアキャア言うのを聞くのは楽しい。

 俺たちは中等部の生徒にとっては伝説のアイドルだった。しかしさすがに上級生には気を遣う。

 俺はこれでも上下関係をわきまえている。よほど親しい上級生でない限り馴れ馴れしくは話さない。

 特に新学期のこの時期は校門の内外に教職員、生徒会やら美化風紀委員が立って服装のチェックをしていたから丁重な挨拶は必須だった。

 少し自重して歩いていたら目の前に耀太ようたのでかい背中を見つけた。

 俺はその背中に肩をぶつけた。タックルのようなものだ。もちろん俺程度の体格の男が突進しても耀太の体は揺るがない。だからこそできるスキンシップだった。

「いてえな」と言いつつ耀太は笑顔を俺に返した。「おはよ」

「蚊に食われたほどのダメージもないな」俺は呆れる。

「蚊に食われたら痒い」ボソッと耀太は言う。

「調子はどう? 俺、朝から胸やけするよ。昨日のうまいラーメンだな。普通盛りにしときゃ良かった」

「全然」何ともないと耀太は言った。

 まあそうだろな。

 そのまま教室まで一緒した。

 教室には半分ほど登校していた。梨花りかもいた。

「おはよ」

「イエーイ」

 いつものハイタッチだ。そしてやっぱり梨花の胸が俺の胸にのしかかる。

 昨夜の何となく重い、シリアスな空気は俺の中にはもうなかった。昨夜俺の中に異変があったことを梨花は気づいていないだろう。多分。

 こうして俺たちはこのグループの良い関係を続けている。

「梨花、胸やけしないか?」

「しないよ」梨花は平然としていた。

 同じ量食べたのに梨花は何ともない。何だか俺は草食で梨花は肉食、な気がしてきた。

 俺たちは自分の席についた。俺の後ろが耀太、左横が梨花だ。昨日ラーメン屋に行った三人がひとかたまりになっている。

「臭い――」その時、俺の右横から呟くような声が聞こえた。

「――あんたたちからニンニクの臭いがする」璃乃りのだ。

 額出しセンター分けの三つ編みに眼鏡という我が学園ではありふれたをした神々廻璃乃ししばりのが眼鏡の奥の目を光らせていた。

「昨日一緒に食べたな?」

 やっぱり俺は璃乃が苦手だ。怖すぎる。

「俺、ニンニク入れなかったぞ」耀太が言った。

「アハ、じゃああたしだわ」梨花は無邪気に大きな口を開けて笑った。

「何を食べた?」

 璃乃が訊くので梨花が昨日の店の名を言った。

「――実に興味深い」こいつは何でも研究対象にしそうだ。

「俺たちが同じ店に入ったことまでわかるのか?」さすが四天王。洞察力が凄い。

 そう、璃乃は和泉いずみとともに俺が密かにと呼んでいる一人だった。

 俺たちS組十傑は二年間一人も十傑から外れていない。それは俺が十位を必死で死守していたからだ。

 時々耀太が十位に落ちてくれて俺が九位に上がることもあったが俺の十位はほぼ定位置だ。

 そして耀太と梨花が八位と九位を争っている。

 その上は恭平きょうへい純香すみか秀一しゅういちが五位から七位にいる。

 この六人がその上に行くことは一度もなかった。四位と五位の間に大きな差があったのだ。

 俺は上の四人を四天王と呼んでいる。ただ成績が良いだけでなく俺たちのグループでひときわ発言力を発揮する四人。あの恭平に上からものが言える四人のだった。

 璃乃はその一人なのだ。三つ編み眼鏡という学園ではありふれた格好をしていて男子をアゴで遣う奴なのだ。

「私は何でも知っている。特にお前たちに関してはな」時々男言葉になる。ちょっと中二病みたいなところがあるのはご愛敬だ。

「……なんてな」

 俺は少しずっこけた。

「種明かしをすると、梨花たちが新装開店のラーメン屋に行ったことはすでに学園中に広まっている」

「な、何と!」

「店から出てきておバカ丸出しに幸せそうな顔をしているところを写真に撮ってSNSにアップした奴がいる」

「へ?」

 すでにスマホはロッカーに入れたりして手元にはないから確認のしようはない。

「誰がいったい?」

「情報提供者は不明だが、新聞部のサイトに出ていたな。新装開店のお店紹介のコーナーだ。そこに御堂藤みどうふじの制服姿が三人写っていた。たまたま写り込んだみたいな形をとっているが私はここに悪意を感じたよ。いや愉快犯かな」

「やだあ」梨花が嘆いたが緊張感はない。

 常に注目されている俺たちならではの出来事なのだ。

「ということで一応注意はしたからな」璃乃が言った。「この件に関しては私は関与しない。美化風紀委員の立場は放棄することにしよう。ああ、めんどくさい」

 璃乃は自分の机の上にノートやらを広げた。

 璃乃は風紀を取り締まる美化風紀委員になった。他に成り手がなかったからだ。

 美化風紀委員は嫌われ役だ。だから好き好んでなる奴はいない。

 璃乃は敢えてそれを承知の上で美化風紀委員になって任務を全うするのかと思っていたのだが「ああ、めんどくさい」だった。

 俺たちは昼休みに生徒会の呼び出しを食らった。

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