姫とプリンセスは帰り、俺はもの思う

「この男は時々意識がどこかへ飛ぶようだ」

 法月のりづきの声が聞こえ、俺は我に返った。

「みんな悩んで大きくなるのよ」純香すみかことを言った。

「ごめんごめん」

 俺は何度も修正された注文伝票を手にとった。

「う!」俺は絶句し、完全に現実に戻った。

「姫様、プリンセス様――」俺はすがるような目を向けた。「――足りません」

「情けないヤツだな。甲斐性なしか」

 法月は冷たい目で俺を見下ろした。

 俺はこれ以上ないくらい頭をテーブル近くに下げていた。

「私のは自分で払うわよ」純香が笑う。

 しかし純香が自分で払っても全然足りない。いったいどんだけ食べたんだよ法月。

「甘やかしてはいけないわ、純香さん。最初に約束したのだもの」

 したっけ? そんな約束。

 結局法月は「ふん!」とか言いながら全員の分を支払った。

「これは貸しだからな。三倍返しだ。三回は奢ってもらおう。ねえ純香さん」

 鬼だ、こいつは。

「久しぶりに美鈴みすずちゃんとお話ができて楽しかったわ」

「私も楽しかった。美味しいものたくさん食べられたし」

 ペロッと舌を出す法月。たまらないくらい可愛い。中身は鬼だが。

「それで役に立ったか? 私の話」

「あ、ああ」俺は答えた。

 法月の昔話だけでは何もわからない。しかし俺は一つピースを集めたと思った。

 法月と純香は、法月が呼んだタクシーで帰っていった。

 何というか本当にお嬢様だな。お蔭で俺は帰り道にあれこれ考えることになった。


 あの夏、泉月いつき恭平きょうへいは一か月ほど付き合った。まさかの組み合わせ。俺たちS組十傑の残り八人の誰も想像しなかったと俺は思う。

 和泉いずみでさえあれを見て驚いていたものな。

 泉月がぶっ飛んだ行動をする子だとは思っていたが、夜の庭園でまさかのディープキス。

 あれを教えたのは間違いなく明音あかねだろう。泉月は教えられた通りに恭平にキスをしたのだ。

 明音は泉月のキスの相手が恭平だとは微塵も思っていなかったに違いない。

 そして二学期。恭平は生徒会を辞めた。

 俺たちの学園は生徒同士の恋愛を禁止している。校則違反を生徒会役員がすることになったのだ。恭平は泉月のそばに常時いないよう気をつけたようだ。

 しかし泉月は生徒会を辞めなかった。辞められるわけがない。そんなことを東矢とうや家が許すはずもない。

 泉月は罪の意識を心の奥底に封じ込めて秘密を守り抜いた。

 二人が付き合っていることを知っていたのは俺たちS組十傑だけだ。

 あれを目撃しなかった純香すみか梨花りか璃乃りの耀太ようた秀一しゅういちまでもが知ることになったのは恭平が自分で話したからだ。

 恭平はしばらく天狗になっていた。九月の半ばに泉月にふられるまでは。

 それは唐突だった。

 学校では二人が一緒にいることがすっかりなくなっていたから付き合っているか別れたのかなんてわからない。

 外でデートしたなどという話も聞かないから梨花や耀太は本当に付き合っているのかと疑問符を投げかける始末だった。

 あのキスを見なければ俺もそう思っただろう。

 しかし突然落ち込んで憔悴した恭平を見てみんな本当に付き合っていて、そして別れたのだと認識した。

 あの落ち込んだ恭平の姿はその時だけのものだった。

 恭平は秋には復活し、今みたいなチャラ男になったのだ。もう恋愛なんて真面目にするものではない、遊びだ、と割りきったみたいに。

 俺たち十傑はランキング上の関係となった。

 恭平と一緒にいない泉月は生徒会にこもった。俺たちとは完全に関係を断ったかたちだ。

 そして明音もまた番長のような振る舞いを封印した。一応クラスでは話しはする。恭平とも言葉を交わすが形だけだと俺の目には映った。

 A組の中心は和泉と恭平、純香で、そこに俺や耀太、梨花がからむ図式になった。

 璃乃と秀一はその性格上群れることは好まない。だから少し距離をおいている。

 そんな状態で俺たちは高校生になったのだった。

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