姫、俺を翻弄する

「何度か別荘地に邪魔したのなら何となくわかるだろう? 泉月いつきの叔父と義理の叔母の泉月に対する態度の違いに」

 法月のりづきは口の中が空になってから話す。だから話している時間と食べている時間がまとまって交互にやってきた。

 一応お上品なお嬢様の面影はある。

 純香すみかはそれを天女のようないつくしみをもって眺めていた。

 かつての姫と現在のプリンセス。なかなか絵になる光景だ。

「泉月と血の繋がりがあるかどうかで違うってのか?」俺は訊いた。

「簡単に言うとそうだがそれだけではないんだな」なんだか思わせぶりな言い方だ。「知りたいか?」

「別に叔父夫婦のことはどうでも良いんだよ」

「そうか。なら終わりだ。これは最後までいただくけどね」何だよ、それ。

「きっと話には順番というものがあると美鈴みすずちゃんは言いたいのよ」純香が言った。「大地だいちが何を知りたいのか知らないけれど、もし泉月いつきちゃんが私たちと距離をおくようになった理由を知りたいのなら背景を知るのは大事だと思うわ」

「さすがプリンセス。モブとは違うな」

 こいつやっぱり璃乃りのに近いな。見た目は全然違うけど。

「俺が何をしたいかわかると言うの?」

「知らないよ。私は君とは違うし。それにS組でもないのでね」

「S組に入りたかったのか?」

「私は群れるのが嫌いだ。それ以前に私は文武両道ではない」

「美鈴ちゃんは音楽だものね」

「意地悪なこと言わないで。純香さん」

 プリンセスには殊勝なんだ。俺は相手にする値打ちもないってか?

「男なら値打ちを見せな」

 俺はぎょっとなった。こいつ心が読めるのか?

 見上げる法月。その手が動き、わらび餅が一つ、二つ、三つ。

 って、器を見ずに食べてやがる。そして頬に溜め込んで、もぐもぐもぐ。

 何だこの可愛すぎる生き物は。

 そんなに食べてよく太らないな。首や手が細い。指は細く長くしなやかだ。

 しかし、俺は改めて法月の胸の存在感を知らされた。腰が細くくびれていると感じたのは胸が意外にあるからだ。

 梨花りかほどではないにしてもその一つ手前くらいのサイズではないか。こいつはそこに栄養を溜め込んでいるのか?

「何だか気持ち悪いことを考えている気がする」

 法月の目は俺を捉えていた。それでも手と口は動く。

「おかわりする?」純香が目を細め優しく訊いた。

「はい、いただきます。プリンセス」

「大地の奢りね」

「わーい」

 俺の持ち金に羽が生えて飛んでいく。俺はお前たちみたいな裕福な家育ちではないのだが。

 いったいいつになったら話してくれるのだ?

「少し飽きてきたみたいだからここらで昔話といこう。せっかく演劇部の樋笠ひがさくんがいるんだ」

 法月は器を空にすると言った。「去年の春に観た『鶴の恩返し』良かったぞ」

 あれは木下順二の「夕鶴」なんだがな。ストーリーはだいたい同じだ。

御子神みこがみ先生演出だけあって、みんな良い演技をしていた」

「ありがとうございます」俺は大袈裟に頭を下げた。

「しかし、みな役柄とイメージが違ったな。演技がうまくても役と合っていない。はっきり言ってミスキャストだ」

「こっちにも事情があるんだよ」

 誰が何を演じるか、毎回毎回紛糾する。ベストなキャスティングは簡単ではない。

「今、頭に来ただろう?」法月は薄ら笑いを浮かべる。

「いえいえ」俺は平静を装った。

「むかつくような言い方をしたんだ。あのクソババアの真似をして」

 本当に真似なのかよ。本音だろ。

「少し本音は混じってるがな」

 こいつ、やっぱり心が読めるな。俺は苦笑した。

「ということで、演劇部、演芸部に所属する樋笠氏には滑稽に見えるだろうが、ここで私のつたない話術を御披露目おひろめしよう」

 は? 何だよそれ?

「昔話だ。実在の人物とは一切関係ありません」

 わざわざ関係ないことを強調して法月は昔話を始めた。

「むかしむかしあるところに……」

 いつ終わるんだ? これ。

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