帰り道のふたり

 恭平きょうへいだってはじめからチャラかった訳ではない。中等部に入学したての頃は真面目で純情な少年という感じだった。

 ただその美貌は人目を引いた。むしろ今より清純な美しさだ。美少年という表現はあの頃の恭平のためにあると言っても良かった。

 今は何を考えているのかさえわかりづらい妖しげな美貌になっている。魅了の美貌だ。だから村椿むらつばきさんみたいな超絶美女もとりこにしてしまうのだろう。

 しかしそれは、俺や明音あかねにとっては色褪せたものだった。三年の間に何があってこうなったのか俺も全てを知っている訳ではない。しかしその要因の大半がS組の中で起きたことによると俺は考えている。

「邪魔したな」

 恭平が言った。恭平は明音と村椿さんを相手にとりとめもない話をいくつかしたようだ。それで満足したわけでもないのだろうが、ここらが潮時と思ったのかもしれない。

「楽しかったわ、またよろしく」村椿さんは言った。

「うん、またね」明音は屈託なく村椿さんに笑顔を向ける。

 二人は思った以上に仲良くなれるようだ。

 明音が恭平を避けていることを村椿さんは悟ったに違いない。

 このあたりが梨花りか耀太ようたにはわからない。なまじS組の付き合いが長いだけに気づかないのだ。いや、俺もあの頃の明音を知らなければ梨花や耀太と同じだっただろう。

「明音、今度は二人でじっくり話をしよう」恭平は不敵な笑みを浮かべて言った。

「ああ、ないない、永久にない」明音は手を外向けに振った。

「つれねえな」恭平たちは出ていった。

 その後、俺たちは狂ったように歌い続けた。


 薄暗くなってきた頃に俺たちはボックスを出た。

「楽しかったね」梨花の笑顔は癒しになる。

 明音も明るい顔で「また行こうな。今度はスイーツ。もちろん耀太と大地の奢りで」

「勘弁してくれよな」

 俺と耀太は天を仰いだ。しかし次にまた集まるのは確定だ。いつになるかはわからない。

「今度は秀一しゅういちも呼んでやらないとな」耀太が言った。

「そうだね、あまり勉強ばっかりするなよと言ってやりたい」

「お前が言うなよ、明音」

 明音と耀太がじゃれ合っている。揃って黒い服を着ているからお似合いだ。これで耀太が勘違いしなければ良いがと俺は余計なことを考えた。

 そういうのじゃないんだよ、明音のそれは。あくまでもS組の仲間に向けるスキンシップだ。相手によって少し変えているがな。

 電車に乗って、俺たちはそれぞれの自宅に向けて分かれていった。

 俺は梨花を最寄駅で降りるところまで送り、ひとりになった。そして俺の家がある最寄駅まで戻った。

 ホームに降りると、駅の階段に近いところで動かずに立っている人影を見つけた。明音だった。

 俺は目をみはった。

「いつも梨花を送ってくれてありがとね」

「駅までだぜ」

「気配りの大地、だね」明音は笑う。

「早く帰らなくて良いのか? 双子ちゃんが待ってるんだろ?」

「みやげ買って帰ると言ったから」

 俺と明音は駅のホームで立ち話を始めた。

「ありがとね」また明音は礼を言う。

 今度の「ありがとね」が本当に俺に向けられたものだと思った。ちょっと自意識過剰かな。

「いろいろ気を遣ってくれたのでしょう?」

「いや、いつも程度かな」俺は誤魔化した。

「でももう大丈夫だから。今の恭平は本当にただのチャラ男。何とも思ってない。むしろチャラ男になってくれたから遠慮なくいじれるわ」

「ははは……」俺はかける言葉が見つからない。

「ああ黒歴史だわ。私の黒歴史。一時いっときでもあんな奴を良いなんて思ったのは」

 拳を握りしめてるよね、怖いよ。

「昔のあいつはあんなでもなかったから」俺は言った。

 嘘でも何でもない。本当のことだ。

「やっぱりねじ曲がったよね」明音が俺に同意を迫る。

「ああ」と俺は答える。

「まあ、あいつの自業自得だよ」

「そうだな」

 明音はひとりで自己解決したようだ。

 俺にはまだ見えていないことが多い。俺が知っているのは明音が一時恭平に熱を上げていたこと。そしてその思いは叶わなかったこと。それだけだ。

 恭平がねじ曲がった原因については他のS組の者とその解釈は変わらないだろうと思う。こういうのは当事者にしかわからない。

「ということで、気配りの大地に改めて礼を言う。ありがとう」

 明音は顔を伏せて俺の胸に拳を当てた。

「いててて」

「ボケが今一つ、いや今二つ」

「ボケじゃないって」

 力を抜いていても明音のグーパンチは痛い。

 顔を上げて明音は「あはは」と笑った。その笑顔が眩しい。夕暮れなのに。

「好きだよ、気配りの大地」

「照れるな」俺は頭を掻いた。

 その「好きだよ」が耀太や秀一にも向けられるものだと俺は知っている。

「誤解されるぞ」

「誤解?」明音は一旦首を傾げた。「大地、あたしに気があるのか? でもなあ、タイプじゃないんだよな。極上のイケメンで私より勉強ができる奴でないと」

「そんなのいるかよ!」

 やっぱり明音は高嶺の花だ。

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